写真上=舌戦を繰り広げるワイルダー(左)とフューリー
写真◎Getty Images
★WBC世界ヘビー級タイトルマッチ12回戦
デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)対タイソン・フューリー(イギリス)
★WBAスーパー・IBF世界スーパーウェルター級タイトルマッチ12回戦
ジャレット・ハード(アメリア)対ジェイソン・ウェルボーン(イギリス)
★IBF世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦
マーク・アンンニー・バリガ(フィリピン)対カルロス・リコナ(アメリカ)
この冬、ヘビー級でもっとも注目されるカードだ。なにしろ身長201cmのワイルダーに206cmのフューリー。さらにワイルダーが40戦全勝39KOなら、フューリーは27戦全勝18KOと、ともにパーフェクトレコードの持ち主である。
年齢的にも33歳と30歳。ヘビー級としてはまさしく円熟期にある。こんなふたりの対決がおもしろくならないはずはない。加えて2016年、ワイルダーがKO防衛を果たした直後、ブルックリンのリングにフューリーが乱入した騒動に端を発し、きわめつけのトラッシュトーカーである両雄はことあるごとに対戦者をなじり倒してきた。因縁がまた戦いを盛り上げる。試合当日2万1000人収容のステープルズセンターに行ける人は、まったくもって幸せ者ではないか。
さて、そんな戦いはどうなるのか。ワイルダー優勢の声がもっぱらだが、実はこれが予断を許さない。名チャンピオン、ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)を破って、一気にヒーローとなったフューリーは、“世界ヘビー級チャンピオン”の肩書きの重圧に負ける。情緒不安定の日々を送り、麻薬におぼれた。結果、タイトルはむざむざ放棄せざるをえなくなって2年半ものブランクを作った。まずはその復調ぶりから注目したい。カムバック後の2戦は、はっきりいって『まずまず』以上の評価はできない出来だった。ただし、ブランク中に140kg以上あった体は125kg、117kgと次第に絞れてきている。巨漢にかかわらず、軽快な足さばきを持ち、あるいはサウスポースタイルも不自然ではなく使いこなせる器用さもある。
一方、ワイルダーは超難敵のサウスポー、ルイス・オルティス(キューバ)を劇的なTKOで破った試合は97.4kgで計量している。抜群の運動能力をフルに活かすために軽量に仕上げてきたのだろう。ただし、そのときと同じなら、フューリーとの体重差は20kg近く。体格の違いがどんな影響を及ぼすのか分からない。
それでなくとも、フューリーがリング中を駆けずり回って戦う公算が強い。ワイダーとしてはこの動きについていって、パンチを打ち込まなければならない。ワイルダーのパンチの破壊力は抜群。それでも、ターゲットをしっかりピン留めできなければ、クリーンにヒットするのは至難の業だ。思惑が適なければ、フューリーがコツコツと当ててくるジャブ、ワンツーにいよいよ空転して、ひどく分が悪い展開にもなりかねない。
ワイルダーは素早くフューリーを追いかけ、先に強打を集めること。これが勝利を導き出す最善の方法になる。もし、早い段階で決定打を欠き、フューリーが一転もみ合いに出て、巨体をのしかけてきたら、ワイルダーにはもっといやな流れになる。だからこそ、早い勝負しかない。倒しきれなくとも、フューリーの恐怖感をあおり立てること。それを肝に銘じていれば、やはりワイダー優位と見るべき対戦だ。
ジョイントカードにはジャレット・ハードが登場する。技巧の達人エリスランディ・ララ(キューバ)からWBAスーパーのタイトルを奪い取り、保持していたIBFを加えて2冠王になって以来の戦いだ。対する相手のジェイソン・ウェルボーンは世界的には無名。2年前にミドル級に体重を上げて5連勝。世界戦経験のあるトミー・ラングフォード(イギリス)に2戦連続で2-1判定勝ちし、イギリスの国内レベルでは一定の評価を勝ち得た。スーパーウェルター級時代の最後は2連敗。今回はそのウェイトまで落としての世界再挑戦になる。武骨なスラッガー、ハードとしてはそのパワーをフルに活かしたい。アマチュア実績に乏しく、アメリカには珍しい雑草派は、ララ戦でラストラウンド、それも最後 の30秒でダウンを奪って勝利を呼び込んだ勝負強さを持つが、今回の相手ならそれ以前に勝負を決めたい。
ヘビー級タイトルマッチの前座に最軽量ミニマム級のタイトル戦も用意されたことで、ちょっとした話題になっている。出場するマーク・アンニー・バリガはオリンピック代表、世界選手権2度出場、2014年アジア大会銅メダリストとフィリピンを代表するトップアマだった。プロ入り後は9戦全勝ながらKO勝ちはわずか1。アマチュア時代の勢いは感じられない。対戦するカルロス・リコナも生まれ故郷メキシコとアメリカを往復して築いた13連勝不敗のレコードにKOは2しかない。大きな舞台だけに、バリガが以前の激しいファイトを見せられれば、脚光を浴びるに違いないが、さて。
この日のイベントには、見本市みたいに注目のタレントがそろう。ルイス・オルティス、リオ五輪銀メダルのジョー・ジョイス(イギリス)、ライトヘビー級きってのホープ、アンソニー・ヤード(イギリス)、不敗のスーパーフェザー級、アイザック・ロウ(イギリス)、不敗の18歳、ジェシー・ロドリゲス(アメリカ)、スーパーウェルター級のジュリアン・ウィリアムス(アメリカ)、ワイルダーの実弟で2戦2KO勝ちのクルーザー級マーセロス・ワイルダー(アメリカ)。もっとある。ヘビー級の重鎮として活躍した37歳のクリス・アレオーラ(アメリカ)が2年ぶり、不屈の闘志で人気を集めたウェルター級ロバート・ゲレーロ(アメリカ)が1年半ぶりにカムバックする。
もっとも注目したいのはルイスとジョイスか。ワイルダーに敗れた一戦からの再起戦、ジョセフ・ウォーカー(ニュージーランド)が倒せなかったラズバン・コジャヌ(ルーマニア)を2回で粉砕して強打健在をアピールした。ルイスは元ホープのトラビス・カウフマン(アメリカ)と対戦する。まずは問題なくクリアしてほしいもの。プロ転向後6戦6KOのジョイスは手堅い中堅ジョー・ハンクス(アメリカ)と。こちらは大事なテストになる。
★WBC世界ライトヘビー級タイトルマッチ12回戦
アドニス・スティーブンソン(カナダ)対オレクサンダー・グボジアク(ウクライナ)
“超遅咲き” のスーパーボクサー、スティーブンソンはなかなかビッグマッチが実現しないまま41歳になってしまった。しかし、2018年は “ビッグ” とはいかないまでも、なかなかの好カードが用意された。2階級制覇のバドゥ・ジャック(スウェーデン)戦しかり、そして今度のグボジアク戦もだ。五輪銅メダルの手堅い技巧派パンチャー、グボジアクは確かに危険な相手である。さらに、このウクライナ人はWBC暫定チャンピオンだけに、とりあえず世界王座統一戦にもなる。
スティーブンソンにはさすがに往年ほどの凄みはなくなっている、ただ、失っていないのは勝利へのどん欲さだ。5月のジャック戦も老王者のそんなガッツが王座陥落から救った。激しいペー久争いはだんだんとジャックへと傾いていた。しかし、息も絶え絶えのスティーブンソンは激しいボディ攻撃で逆にジャックをしどろもどろにする。最終12回、ジャックの激しい攻めに再びピンチに陥ったが、試合終了ゴングに逃げ込み、タイトル死守につなげた。
それでもグボジアクはややこしい相手だ。同じウクライナの五輪同期生(ロンドン)、ワシル・ロマチェンコやオレクサンダー・ウシクのようなスケール感はないものの、几帳面なボクシングを見せる。そして剛直なパンチでKOを生み出していく。
スティーブンソンがグボジアクの中間距離以降をベースにした戦いに乗っかれば、あまりに分が悪い。ここは、はなから攻めくずしにかかるしかない。サウスポーながらも豪放なアタックを持ち味にするだけに、ビッグパンチの雨あられ。グボジアクのペースメイクを最初から打ち破りたい。それができないなら中盤以降、挑戦者に打ち込まれてしまう可能性が高い。
こちらの興行も、前座はホープの名前ばかり。
IBF女子世界スーパーウェルター級タイトルマッチ10回戦は、クリス・ナムス(ウルグアイ)が持つタイトルに13連勝不敗のサウスポー、マリー・イブ・ディケール(カナダ)が挑む。クラレッサ・シールズ((アメリカ)の登場で、女子としては重量級になるこのあたりのクラスも活気づいている。31歳(ナムス)と32歳(ディケール)の対戦になるが、スターダムへの挑戦という意味では興味深い。
ヘビー級10回戦に登場するオスカル・リバス(コロンビア)はじっくりと戦歴を重ねているうちに31歳になった。24連勝不敗17KOと戦績は立派ながら、やや小さくまとまっている感は否めない。対戦するファビオ・マルドナド(ブラジル)は26戦全勝25KOながらすでに38歳。リバスはここをぶっちぎりでやり過ごして脱皮を図りたい。
もうひとりヘビー級のオレクサンダー・テスレンコ(カナダ/ウクライナ)も経験を積んでいる段階だ。アマチュアで200戦を軽く超えるキャリアを持ち、プロでも14連勝11KO。一発一発のパンチのレベルは高いが、少々、線の細さが見える。この課題を解消するには実戦を数打つしかない。テス
レンコは6回戦。相手はやはりブラジル人の大ベテラン、41歳のエドソン・セサール・アントニオだ。
★ミドル級12回戦
ジェフ・ホーン(オーストラリア)対アンソニー・マンディン(オーストラリア)
日本からみると、単なるローカルファイトにしか見えない。かかっているのはWBA、WBO公認ながらもオセアニアの地域タイトルである。マニー・パッキャオを破ってナショナルスターになったホーンだが、テレンス・クロフォード(アメリカ)に完敗。一方のマンディンは大人気ボクサーを父に持ち、これまたオーストラリアでは熱狂的な人気を持つ13人制ラグビーのスターだった過去がある。なおかつスーパーミドル、スーパーウェルターの世界タイトルを制した豪傑。ただし、43歳である。
南の大陸ではこの手のカードが大人気なのだ。昨年3月、マンディンがライトヘビー級オーバーの契約ウェイトで44歳の元世界ライトヘビー級王者ダニー・グリーンと同国のレジェンド対決を行ったときは会場に3万7000人の観客を集め、PPVの同国最高記録を更新した。今度もかなりの注目を集めるのは間違いない。
予想のほうは、まだまだアメリカ進出に意欲的な30歳のホーンが、いくらなんでも星を落とすことはあるまいとみられているが、ムンディンの底力を軽視するのは危険だ。
こちらの前座もオールスターキャスト。ロンドン五輪代表のキャメロン・ハモンド(ウェルター級)、強打で人気のケイ・マッケンジー(ライト級)、ムエタイの人気者から転向してきたベン・マホニー(ミドル級)、引退した元世界王者ビリー・ディブの弟で9戦全勝のユセフ・ディブ(スーパーライト級)、それにアマチュアのトップからプロ転向後4連勝のジョセフ・グッデル(ヘビー級)あたりの勝敗には興味を持ってもらいたい。
金曜日、アメリカ・フロリダ州ハリウッドのバンタム級戦はなかなか興味深い。21勝(18KO)2敗のリカルド・エスピノサ(メキシコ)に17連勝12KO不敗のジェイソン・バルガス(コロンビア)が対する。ここ1年ほどで11連勝10KOのエスピノサ、それにバルガスともに試された相手との試合はない。勝ったほうがトップクラスへの挑戦権が与えられる。
この興行にはまるで “キューバ・デイ” かと思えるほど、多数のキューバ出身者が登場する。リバン・ナバーロ(ウェルター級)、アイロン・ソカーレス(フェザー級)、イロスバル・デュベルヘル(スーパーミドル級)、ウリセス・ディアス(ライトヘビー級)。全員無敗だ。かつて世界ランク上位に進出したこともあるソカーレスを除けば、将来性については未知数ばかりだが、アマチュア最強の国からやってきた男たちだ。時間が許せば、そんな夜も現場で堪能してみたいものである。
同じく金曜日、アメリカ・ニューヨーク州のハンティントンではクリス・アルジェリ(アメリカ)が2年半ぶりにカムバックする。本来のスーパーライト級での再スタートだ。34歳のアルジェリは栄養学とトレーニング学で博士号を持ち、ボクシングのアマチュア経験のないキックのチャンピオン出身という変わり種。ルスラン・プロボドニコフ(ロシア)を破りWBOチャンピオンとなって注目された。再三のダウンを奪われながらもマニー・パッキャオ(フィリピン)相手に判定まで粘り、アミル・カーン(イギリス)にも食い下がった。ただし、エロール・スペンス(アメリカ)には歯が立たずにTKO負けしている。 再起戦の相手アンヘル・エルナンデス(アメリカ)は14勝11敗という戦績の格下。ま ずは腕ならしというところか。
土曜日、メキシコのセルティージョには元WBC世界バンタム級チャンピオンのルイス・ネリ(メキシコ)が登場する。前戦のジェイソン・カノイに次いで今度もフィリピンの中堅、レノエル・パエルが相手。
日本ではヒーロー、山中慎介相手の試合に薬物違反、ウェイトオーバーと立て続けに不祥事を起こし、それでまた勝ってしまったから、極悪人扱い。だが、ネリのバックにいるのはメキシコの大手プロモーションのサンフェルだ。どんな形で再びの頂上アタックを考えているのだろうか。
ロシアのエストサドクではライトヘビー級の若手有望株ウマル・サラモフ(ロシア)がエマヌエル・アニム(ガーナ)と10回戦。身長192cmのサラモフはゴツゴツとプレッシャーをかけ続けるファイター。はっきりと単調だが、まだ24歳だけにメリハリをつけるのはこれからだろう。今回の相手は13勝11KOの強打者アニム。サラモフは昨年、敵地オーストラリアでダミアン・フーパーにアンラッキーな判定負けを喫している。もう失敗は許されない。
この夜はロシアらしく、かつてのトップアマチュアがわんさか。オガネス・ウスティヤン(スーパーライト級)、パベル・ソスリン(スーパーウェルター級)、イドリス・シャフマドフ(ライトヘビー級)といずれもジュニア、シニアで好成績を残した若者がデビュー戦を行う。また、MMA(総合格闘技)出身のムラド・ラマザノフ(ミドル級)も初陣を迎える。
日曜日のカードでは南アフリカのミニマム級12回戦が気になる。日本未公認のIBOの世界タイトルがかけられたこの一戦、チャンピオンのシンピウェ・コンコ(南アフリカ)は4度目の防衛戦になる。戦績は19勝(7KO)5敗とぱっとしないが、ここ8年間で負けはヘッキー・ブドラーにクロスデシジョンで敗れたのみ。ジョーイ・カノイ(フィリピン)を相手にする戦いは、日本にも有力選手が多い階級だけに、少しばかり注意しておきたい。
文◎宮崎正博
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