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2018-01-13

◇エピローグ◇あれから2ヵ月── 井上尚弥 × 田中恒成 スペシャル対談を終えて

文&写真/本間 暁

 井上尚弥(大橋)と田中恒成(畑中)の邂逅。

『ボクシング・マガジン2017年12月号』でVol.1を、Vol.2~4を当WEBページに掲載した。
 未見の方はぜひ読んでいただきたいし、すでに読まれた方は、こののち、折々で振り返っていただければ、とお願いしたく。

Vol.2[2017年11月19日・初出]
http://www.bbm-japan.com/_ct/17132372

Vol.3[2017年11月26日・初出]
http://www.bbm-japan.com/_ct/17133520

Vol.4<最終章>[2017年12月3日・初出]
http://www.bbm-japan.com/_ct/17134849

実現は、意外なほどにあっさりと

 この顔合わせ、イチボクシングファンとして、また、記者としての強い好奇心がかなり以前からあった。振り返れば、田中恒成がプロデビューしたときから、この対談の構想はあったかもしれない。でも、どうすれば実現できるのか、に思いをめぐらせる。

 ふたりの気持ちは? ジムの意向は? タイミングは?……。

 取材の際、両チャンピオンには気持ちを訊ねてきた。

 尚弥は「全然OKですよ!」と軽快に。
恒成は「そりゃ、いろいろ話を聞いてみたいですけど、自分なんかでいいんですか?」と逆にお伺いを立ててきた。

よっしゃ!

 いちばんのネックは、ふたりの試合のサイクルだった。
どっちかが普段の調整期間だったとしても、どちらかが試合に向かっている時期だったり。こればかりは、こちらにはどうすることもできない。

 でも今回は、井上尚弥は9月に試合を終えたばかり。
田中恒成も9月の試合で両目眼窩低骨折し、ちょっとしたブランク中。

「ここしかない!」

 だから、一気に両会長へと連絡を入れてみた。
いや、けっこう緊張しながら(笑)。
 やっぱり、両陣営のライバル心って、かなりあると思ったから。
手のひらは汗でビショビショ。口の中はカラッカラ。舌が四方にひっつく。

「本人がいいって言うなら全然問題ないですよ」(大橋秀行会長)

「うん。ええよ!」(畑中清詞会長)

 両会長とも、拍子抜けしてしまうほどあっさり。
腰が抜けてしまう、と言っては大袈裟だが、それに近いくらいの脱力だった。
イスにドシンと座り込むなり、同時に、武者震いが襲ってきた。

「一気に話を進めてしまったけど、こんな大役、オレで大丈夫か?」

 それからの日々、熟睡なんてできなかった。
この対談が無事終わったら、デリバリーピザをたらふく食ってやる! なんて、妙な目標を定めた。

 日時はまあいいとして、問題は場所だ。
通常だと、地位、年齢とかそういうものによって決まっていくけれど、今回はふたりとも2階級制覇のチャンピオンだ。

「いえ、オレ、どこにでも行きますよ!」と言ってくれた田中恒成に、本当に救われた。
 すると井上尚弥も「恒成は新幹線で来てくれるんですよね? だったら、新横浜がいいですよね!」って……。

 地元・座間でも、ジムの近くの横浜でもよかったはず。
けれど、尚弥の気遣いの思考もピピッと光速だ。感激の鳥肌である。

 ふたりの配慮によって、場所もあっという間に決まった。

 こうして、あの夢のような3時間はスタートしたのであった──。

2018年
ともに「3階級目」を狙う!

 あれから2ヵ月──。

 ふたりが立っている状況は、めまぐるしく変化を遂げている。

 田中恒成は12月6日に愛知県名古屋市内のCBCテレビで、「12月1日付でWBOライトフライ級王座返上」したことを明らかにし、2018年はフライ級に転向。あらためて3階級制覇に挑む決意を表明した。

 そして井上尚弥。
12月30日に、ヨアン・ボワイヨ(フランス)を木端微塵に下し、WBOスーパーフライ級王座の7度目の防衛。当初の予定では2018年2月24日に再びアメリカで開催される『Superfly2』に出場し、念願の王座統一戦に臨むはずだった。
 が、IBF同級王者・ジャーウィン・アンカハス(フィリピン)は参加せず、WBA同級王者カリド・ヤファイ(イギリス)も辞退。「統一戦ができないのならば……」というわけで、井上尚弥、陣営はバンタム級への転向を明かした。

 つまり、2018年、ふたりはこれまた偶然にも、ほぼ同時に「3階級制覇」へと向かうのだ。

 偶然なのか、いや、そういうめぐり合わせ、なのか。
不思議な引力が働いているとしか思えない。
いやいや、そう思いたいだけなのか?

 12月30日、田中恒成は、父・斉さんとともに、横浜文化体育館にやってきた。
そして、井上尚弥の控室へと向かう。

 慎み深い恒成らしい。控室の扉が開いても、中へは入らない。
入口に立ったまんま、挨拶とお辞儀をして去ろうとした。

 けれど、「恒成くん!」と、大橋会長がニコニコしながら呼び止めて手招き。
これに気づいた尚弥と再会の握手をかわした。

「やっぱり、あのときとは全然雰囲気が違いました」と、ニコッと笑ってホッと一息。

 リングサイドで観戦した恒成が、尚弥V7戦を語る。

「もう怖い(笑)。怖いくらい強い。
相手がデカいほうが、思いっきり打てそうですね。
尚弥さんは、1個また気持ちのステージも上がった感じですね。
言うことないです。恐れ多くて」
 もう、笑うしかない。そんな様子だった。

田中恒成は12月30日には横浜、翌31日には大田区総合体育館へ。「なんとなく所在がないなぁ」とポツリ。試合でアピールする選手たちを見て、そのメンバーにいられなかった自分をもどかしそうにしていた。でも、もう春はすぐそこ!

 試合翌日。尚弥の一夜明け会見。

「2ラウンド目に入って、自分の動きをいろいろ試そうかなと。
1ラウンドにダウンをとって、気持ちに余裕が若干あって、セコンドから『余裕持ってるぞ』って声が入ったので、しっかり(気持ちを)立て直した。

 ここ2戦、まったく同じパターンのボディブローでダウンを取ってるので、いいかたちに自分のものになってきてるなぁって感覚はあります。
 練習でできてることを徐々に試合で出せてきてるのかなと。
(練習でできているという評判のワシル・ロマチェンコのようなフットワークは)、それはまだまだですね。

 バンタム級で再スタートして、統一戦とか自分もファンの方もゾクゾクするような試合をしていきたい。

 またバンタム級でチャンピオンになれるように、イチから再スタートしたい。

(試合の映像を見直して)試合直後は大振りになったりしてたのかなって思ったけど、思ってたほど悪くはなかった。雑だったかなとか、試合をやってるときは、そんな感じがあった。でも見直したら、ギリギリ。五分五分(笑)

 挑戦する方がワクワクしますね。
防衛してても、自分は常に攻めの気持ちを忘れずにやってますけど、またバンタム級で挑戦となると、全然違う感覚になりますね」

 父・真吾トレーナー曰く
「常に練習で意識をもってやってくれてる。漠然と流したりすることも若いと普通はあるけれど、そのあたりもしっかり。
 一つひとつの練習にしても、何のためにやってるのか、何が必要なのか、何が大切なのか、本人が意識してやっていることが、自分(真吾さん)に見えるようになってきた」

 元々の志向が高いけれど、目指すステージがさらにハイレベルになった表われだろう。

スーパーフライ級での統一戦はならなかったが、尚弥の気持ちはすでに「バンタム級」へ切り替わっている。狙うはIBF王者ゾラニ・テテ(南アフリカ)か? それとも──。

そして恒成。
「まだスパーリングはやってないけれど、練習はフィジカルも含めていつもどおり」

 1月下旬には、在籍する中京大学の秋学期定期試験があるという。

 戦いを終え、束の間の家族団らんに入った井上尚弥。
学生としての日常に没頭する田中恒成。

 こちらもまた、彼らが走り出す瞬間を、気持ちを新たに追いかけたい。
そしていつの日か、“ふたたびの邂逅”が訪れることを願って──。

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