1月号の特集は「『ポケット』の攻略法」。取材歴30年以上のサッカージャーナリストが、「ポケット」という言葉が日本を含む世界中に広まった背景と、イングランド・プレミアリーグなどで見られた、ポケットの攻略における優れたプレーを綴る。
文/北條聡(サッカージャーナリスト)
(引用:『サッカークリニック 2025年1月号』【特集】今こそ知りたい!「ポケット」の攻略法PART1:プレミアリーグなどに見るポケットを攻略するためのトレンドより)
|「つる仕掛け」を前提にしたもの
わかっちゃいるけど、止められない。いや厳密に言えば、予測はできても防ぎにくい。それが現代のフットボール界で崩しの定石と化した《ポケットの攻略》だ。
近年、攻撃の一大トレンドになった背景を探る前にポケットの定義から話を進めたい。端的に言えば、ハーフスペースの先端。一般的にはペナルティーエリアの一部で、全体からゴールエリアを差し引いた分の横幅(両端のスペース)と解釈される。
念のために記すと、ハーフスペースとはピッチの横幅を縦に5分割した《5レーン》の1つだ。まず、タッチラインからペナルティーエリアまでの幅がワイドスペース(右外と左外の2レーン)で、ゴールエリアにあたる幅がセントラルスペース、そして残された幅がハーフスペース(右中と左中の2レーン)(図1)となる。

繰り返しになるが、ポケットとはハーフスペースの一部分。ここを「守備側の死角」と看破したのが当代随一の名将ジョゼップ・グアルディオラ監督(マンチェスター・シティ=イングランド)だ。
中でも定番の4バックで守る際の構造的欠陥に気づいていた。ならば、そこ(ポケット)を使わぬ手はなかろう―と。そこからモダンフットボールで必須となる攻略の手筋が練り上げられることになった。
第1のポイントは大外(タッチライン際)に拠点をつくり、相手チームのサイドバックをつり出して「ピン留め」することだ。この仕掛けによって、守備側にはボールサイドのサイドバックとセンターバックの間に大きな穴(スペース)が生じる。ペップが指摘する《守備側の死角》がここにあるわけだ。攻撃側からすると、この「空白地帯」がハーフスペースで、その先端に当たるのがポケットになる。
ともあれ、相手のサイドバックを外側におびき寄せ、内側に格好のスペースを生じさせること、それが崩しの出発点となる。この項におけるポケットの攻略とは、こうした「つる仕掛け」を前提にしたもの―と、定義して良い。
ポケットを「守備側の死角」と看破したマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督(Photo:Getty Images)|大半がパスとランの組み合わせペップ率いるマンCがポケットを効果的に使ってゴールの山を築くと、たちまちフォロワー(追随する者たち)が増えた。その背景に何があったのか。
理由の1つに、攻め手の難しさがあった。近年、ビルドアップの進歩が際立つ反面、アタッキングサードの崩しは頭打ちの感。従来はライン間(相手DFとMFの間のスペース=バイタルエリア)にパスを差し込んで崩しの拠点としてきたが、現在では守備側の対策が大きく進み、ライン間を狭めた結果、おいそれとは起点をつくらせない時代となっている。
別の言い方をすれば、ライン間の受け手に求められる技術レベルが格段に上がった。より限られた時間と空間の中で自在にボールを扱える技量がないと、守備側の餌食にされかねない。
守備側の強固なブロックを外側から破壊できるなら話は早いが、おおむね「1対1」で優位に立てる突破型ウイングは数に限りがある。巧みにビルドアップの出口を見つけ、ボールを前進させる力を手にしても、肝心のゴール前で行き詰まるチームが少なくない。
そこでライン間から、もう1つ先のスペース、つまりは「ライン裏」を狙う攻め手に活路を求めるようになる。その象徴がポケットの攻略だったわけだ。しかも、その試みは総じて単純明快。大半がパスとランの組み合わせで、必ずしもハイレベルの技術が求められるわけではない。わずか数年足らずで「定番」となった理由もここにあるはずだ。そもそも一朝一夕には身につかない代物なら、トレンドにはなりにくい。
4バックの泣きどころを突く利点に加えて、攻撃の要諦である「幅と深さ」のかけ算というあたりも実に合理的だ。相手チームのサイドバックを外側(タッチライン付近)でピン留めし、この機に乗じて内側からライン裏のポケットへ一気に走り込み、ラストパスを折り返す。ほぼ「それだけ」で、相手の防御システムを破壊できてしまうのだ。
これほどシンプルで、なおかつ特大のリターンを見込める攻め手は少ないだろう。ポケット攻略のパイオニアにしてスペシャリストでもあるマンCが常勝軍と化したのも不思議なことではない。
中でも、この分野の第一人者がベルギー代表の重鎮として知られるマンCのMFケビン・デブライネだろう。右ハーフスペースからタイミング良くライン裏のポケットに走り込むと、ワイドの選手から送られる斜めのパスを引き取り、ゴール前に陣取る味方へ高速かつ高精度のロークロスを放つ。実際、流れるような一連のアクションがアシストにつながり、数々のゴールを演出してきた。
一見すると簡単そうに映るが、その実は選手同士の間で<ここ>というタイミングが共有されている。つまりは、いつポケットへの進入を試みるか、その合図となるべきトリガー(引き金)があるわけだ。まさに用意周到である。
無論、トリガーが1つとは限らない。ただ、多くの場合、守備側のサイドバックの対応(動き方)が目安となっている。最もわかりやすい例を挙げれば、大外のスペースでボールを持つ味方の選手に相手チームのサイドバックが食いつく瞬間だろう。このタイミングで出し手(のパス)と受け手(のラン)を連動させて、やすやすとポケットを攻略するわけだ。
いくらポケットがガラ空きでもタイミングが合わなければ攻略は難しい。そもそもパスが出る前にライン裏へ走ればオフサイドになりやすく、逆にパスが出たあとに走ればボールに追いつかず、ゴールラインを割りかねない。
仕掛け自体はシンプルだからこそ、タイミングを含むディテール(細部)が重要になってくる。その点、本家のマンCは抜かりがない。事実、ペップが仕込んできたポケットの攻略には再現性がある上に、成功率が極めて高い。
(次回『ポケットの攻略とは実際どんな崩し方なのか?具体例を試合中のプレーから解説』へと続く)
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