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2025-04-15

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第30回「決め手」その4

「もっと稽古しろ!」。時天空に勝った朝青龍だったが、思わぬ野次に激怒/平成19年初場所5日目

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春は物事の始まり、スタートの季節でもあります。
あなたは春に何を始めますか?
振り返ってみれば、何かを始め、成就するにはきっかけがあるものです。
「決め手」と言ってもいいでしょう。
力士たちも力士人生をまっとうする中で、さまざまな決め手に遭遇しています。
例えば、入門にこぎつけた決め手、賜盃を抱いた決め手、昇進の決め手など。
そんな決め手にまつわるドラマを集めました。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

野次の功名

背中を押してくれる声援や野次は、力士にとって計り知れないエネルギー源だ。と同時に、時によってはとんだ逆風にもなる。トラブルメーカー、問題横綱など、様々な名称を冠せられた朝青龍ほど、辛らつな野次を浴びた力士も少ない。

平成19(2007)年初場所、3連覇、16連勝で迎えた朝青龍は、

「今度は、自己最多記録の8連覇、36連勝をやってみせるよ」

と場所前、自信たっぷりだった。この2年前の平成17年に史上最多の7連覇をやってのけたばかりだが、そのとき以上に手応えを感じていたのだ。

しかし、3日目、西前頭筆頭の出島(現大鳴戸親方)の鋭い出足に圧倒されて土俵下まで吹っ飛ばされ、連勝は目標の半分の18であっけなくストップ、連覇にも暗雲が漂った。首を捻りながら引き揚げてきた朝青龍はこう言ってため息をついた。

「土俵入りのとき、お客に“負けろ”と野次られた。あんな野次、久しぶりに聞いたぜ。あれでなんか変な感じになり、やっぱり負けた」

この2日後の5日目、今度は、

「もっと稽古しろ」

と野次られた。この場所前、朝青龍が関取とやった稽古は2日だけ。年末に行われた横審の稽古総見のあと、モンゴルにさっさと帰国して正月を過ごし、本格的な稽古らしい稽古をほとんどやっていなかったのだ。この実に的を射た野次に館内はドッと湧き、中には拍手までする人も。口をへの字に結んで戻ってきた朝青龍は、

「もう笑うしかないな。酒飲んで、ああいうことを言うなんて失礼だ。レベル、低いよ」

とプンプンだったが、これが負けん気の強い朝青龍の闘志に火をつけ、これ以降、連載連勝。4場所連続して千秋楽を待たず、14日目に優勝を決め、こうウソぶいた。

「ああ、気持ちいいな。19まで来ていたので、20回の優勝は目標だったんだ。今場所も悩みはいっぱいあった。でも、自分の気持ちに自分で勝つことが大事。今年もいい年になるように頑張るよ」

自己3度目の4連覇の決め手は野次。野次るときはよくよく考えて野次るべし。こんな思いがけない結果を産むことがあるから。

月刊『相撲』平成25年4月号掲載

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