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2025-04-18

【陸上】青木涼真が目指す東京世界選手権入賞、ニューイヤーでのリミッターを切った本能的な走りを3000mSCで再現する

青木涼真(Honda)

2025年の東京世界選手権(世界陸上)に向かうアスリートたち。3000mSCの青木涼真(Honda)は参加標準記録(8分15秒00)を突破しての出場と入賞を目標に掲げている。前編ではBTCでの取り組みを紹介したが、この後編では、クレバーな走りが持ち味の青木がニューイヤー駅伝で見せた新境地「リミッターを切った走り」について聞く。きっかけとなったのは、国枝慎吾氏の言葉だった。

「俺は最強」がもたらした効果

バウワーマントラッククラブ(以下、BTC)で刺激を受け、国内で強化を進める。そのサイクルが出来上がり、二度の世界選手権とパリ・オリンピックを戦ってきたが、その過程で東京世界選手権の参加標準記録8分15秒00突破の手応えも得た。

「特にそれを感じたのが2023年ブダペスト世界選手権の予選でした。スローな展開で2000mまで進みましたが、ラストの1000mを2分37秒台でまとめることができ、自己ベスト(8分20秒09)に近いタイムで走れた(8分20秒54)ときに、“これはもういけるな”と感じました」

だが、そこに到達するために必要な要素が一つある。以前から本人も、Hondaの小川智監督も課題に挙げていたことだが、青木はそのクレバーさゆえにレースのマネジメント能力に長けており、崩れることなくレースを無難にまとめることが多い。だが一方で、感覚に頼らず、常に頭で組み立てるため、限界を超えるチャレンジをすることがないのだ。

「もちろんそれは大切なことですが、今のままだと突き抜けた結果は手にできません。勝負をかけるときには感覚の部分もないとダメだという話をしています」

小川監督は常々、こう話しており、“リミッターを切った本能的な走り”を求めていた。だがこの点でも、冬に活路を見いだした。

「ニューイヤー駅伝で初めてそういう走りができました。残り1.5kmのキツいところで、勝手に体が動いたんです。自分でも“行っちゃったよ、どうしよう”って思うくらいでした」

それができたのも青木なりの取り組みの成果。昨年10月に所属するHondaでスポーツアンバサダーを務める元車いすテニスプレイヤーの国枝慎吾氏と対談する機会があった。同氏の座右の銘は「俺は最強だ!」であり、現役時代、そのフレーズを繰り返し自分に言い聞かせてきたという話を知った。そこにアスリートとしてのメンタルの一つの完成形を感じ取ったという。

「1年前のニューイヤー駅伝で自分のところで先頭と差を広げられ、優勝を逃したことを思い出し、その悔しさを味わわないために、練習のキツい場面でこの言葉を頭で繰り返すようにしました。そうすることで自分自身の出力の限界以上を引き出そうとしたんですが、それがうまくハマりました。何事も頭で考え過ぎてしまうのは自分のアスリートとしての欠点だと自覚していますが、このように自分で考えながらリミッターを切る方法もあることに気がついたんです」

今回の成功体験を経て、「3000mSCのレースでもこのマインドは発揮できると思う」と思えるまでになった。それもこの冬を越えての大きな変化だ。


ニューイヤー駅伝の5区では区間賞の走りで2人を抜き、トップに立った


先を見据えた取り組みで世界へ

現在、取り組んでいる課題は「ギアの枚数を増やすこと」。ペースの切り替え、スプリント力の向上まで含め、あらゆるレース展開に対応できる力を磨いている。

「海外勢は1000m2分47、48秒くらいのペースはジョグの感覚で走ってきます。さすがにそのレベルまでいくのは難しいですが、それを維持しつつ、ペースを切り替えられる能力を身につけたいと考えています。東京世界選手権の決勝で戦うためには、スローに進んでから急激にペースアップするレースにも、序盤から速いペースで進むレースにも対応しないといけないので」

自身を評して、「大きな武器もないが、弱点もない」と青木は言う。しかし安定してレースをまとめる力は最大の武器と言えるはずで、かつリミッターを切る爆発的な力が発揮できるようになれば、その武器は大きく意味を増してくる。

2021年からオリンピックと世界選手権が続いたが、来年はアジア大会の年となる。青木自身も2025年を3000mSCで一つ節目と考え、来年は1500m、5000mへのシフトを検討している。

「3000mSCをやめるつもりはありません。ただ最近は“3年先の練習”というのを常に考えていて、これまでの世界選手権やオリンピックを最終目標とせず、東京世界選手権をターゲットにしていました。ですので、ここで入賞という形で自分でも納得する結果を残したい。そして来年はまた先を見据えて、走力の向上に取り組みたいと思っています」

国内第一人者である三浦龍司(SUBARU)の強さを認めつつ、その背中も見据えている。「彼は障害を越える際のロスが少なく、レースでの余裕度がまったく違います。そこに勝つとすれば、障害を越える技術ももちろんですが、圧倒的な走力をつけるしかない」と話しており、その強化に本格的に取り組みたいという思いもあるのだろう。

かつて現役生活は短い期間で駆け抜けるつもりだったが、今はトラックに立ち、自らを高める毎日が楽しく、できるだけ競技を長く続けたいと思うようになった。

「それもBTCの影響です。彼らは楽しんで競技をしていますし、今は、Hondaも(伊藤)達彦が2023年春にキャプテンになってからチーム全体として楽しく頑張る雰囲気ができていますし、BTCのようにやるべきことをやるチームになってきた感じがあります。できる限りここで競技を続け、上を目指していきたいです」

少しずつ成長していければ、日本のトップ、そして世界大会でメダルを狙える選手になれる自信はあるという。そのためにも今年の東京世界選手権では再度の決勝進出、そして入賞することで未来を切り開きたい。

「今年は自分でも行けそうな気がしています」

勝負どころで限界を超える青木の走りが今年は3000mSCでも見られそうだ。そのときにこのクレバーな選手がどんな表情で喜びを爆発させるか。その瞬間を楽しみに待ちたい。


Profile
あおき・りょうま◎1997年6月16日、埼玉県生まれ。鷲宮東中→春日部高(共に埼玉)→h法政大→Honda。実業団2年目の2021年に3000mSCで東京オリンピック出場。世界選手権は22年オレゴン、23年ブダペストと2大会連続で出場し、ブダペストでは決勝に進んだ(14位)。24年に日本選手権を初制覇し、パリ・オリンピックに出場。駅伝では、法大2年時に箱根5区区間賞、ニューイヤー駅伝では23年と25年に5区区間賞。

文/加藤康博 写真/田中慎一郎、中野英聡

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