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2025-04-22

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第30回「決め手」その5

力士選士権で優勝した安馬(のち横綱日馬富士)は、賞金を自らの体のための栄養費として使うことにした

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春は物事の始まり、スタートの季節でもあります。
あなたは春に何を始めますか?
振り返ってみれば、何かを始め、成就するにはきっかけがあるものです。
「決め手」と言ってもいいでしょう。
力士たちも力士人生をまっとうする中で、さまざまな決め手に遭遇しています。
例えば、入門にこぎつけた決め手、賜盃を抱いた決め手、昇進の決め手など。
そんな決め手にまつわるドラマを集めました。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

体への投資

勝ち負けが番付に反映しない花相撲をバカにしてはいけない。思いがけない効果をもたらすこともあるのだから。

平成20(2008)年10月6日、両国国技館で明治神宮主催の「全日本力士選士権大会」が行われた。トーナメント戦で、幕内の決勝に勝ち残ったのは、豊ノ島を上手投げで降した横綱白鵬(現宮城野親方)と、把瑠都を寄り切った東関脇の安馬(のち横綱日馬富士)だった。ちなみに白鵬はこの直前の秋場所、14勝1敗で優勝し、安馬も12勝3敗で殊勲賞を獲得して、大関取りの足固めをしている。さらに、付け加えれば、秋場所の両者の対戦は白鵬が寄り切って勝っていた。

廻しを取り合ったら勝てない。こう思った安馬は、右上手を取ると、素早く出し投げを打ち、白鵬がたたらを踏んで大きく泳ぐところを難なく押し出した。その後も白鵬戦でしばしばみせた戦法をここでも見せたのだ。

安馬はこの2年前もこの大会を制しており、これが2回目の優勝だった。優勝賞金は250万円。表彰式を終えた安馬はこう言って満面に笑みを浮かべた。

「嬉しいです。優勝賞金の使い道? おいしいごちそうをいっぱい食べて、次の九州場所はもっと頑張りますよ」

当時の安馬の体重は、幕内最軽量の129キロ。そっくり自分の体に投資することを明かしたのだ。まさにプロ根性むき出しの使い道だ。その甲斐あって、九州場所の安馬は、千秋楽、優勝決定戦で白鵬に敗れて初優勝は逃したものの、13勝2敗で見事大関取りに成功した。安馬の大関昇進の決め手は、この花相撲で獲得した250万円だった。

月刊『相撲』平成25年4月号掲載

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