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2018-08-03

【Playback】 突撃! 研究室訪問 第5回 篠原菊紀教授

Playbackシリーズ「突撃! 研究室訪問」第5回は、諏訪東京理科大学・篠原菊紀教授の研究室に突撃!
あらゆる角度から脳の働きに迫る研究室にお邪魔しました。
--※本稿は『コーチング・クリニック』の連載「突撃!研究室訪問」第5回として、2011年5月号に掲載したものを再構成したものです。

指導方針は「好きに生きろ」

「研究室って言っても…ウチは、基本的にド真面目ではないですよ」
 こちらが質問を投げかけるより前に、篠原教授が発した言葉だ。きっと取材の大前提として、伝えておきたかったことなのだろう。
「ド真面目ではない」の真意は、教授なりの脳活動研究に対する考えにある。1つのことを深く掘り下げる作業より「多くを見て勘を育てる」作業を優先すべき、というものだ。
 研究室で実験を行うときは「面白そうだし、やってみる?」などというノリで動きだす。そして何度か繰り返したのち、別のパターンで行った場合の結果を予測して終了。
「細かく研究していこうとしても、今ここにある機械では、誤差が生じる恐れが大きい。語弊があるかもしれませんが、ここにある測定器は、非常に高価なオモチャだと思っているんです。だとしたら、まずは遊び倒すことが基本でしょう。だから、ここで厳密に取り組もうとすることは原理的に意味がないと思うんです」
 こういった教授のスタンスは、一般的な大学の研究室とは一線を画す研究室の在り方に関係しているかもしれない。教授が所属する共通教育センターは、諏訪東京理科大学の学部・学科とは別に設けられており、学生たちが今後、工学や経済学のプロとして社会で生きていくために必要となるであろう、幅広い教養と豊かな人間性を育むための教育機関だ。
 ゆえに研究室に籍を置く学生たちは、別に専門分野をもっている。所属理由も卒業研究のためだったり、外部から依頼された研究の手伝いをするためだったり、自然と居つくようになったり…と多岐に渡る。全員がかけもち状態にあることから、教授は研究室を部活動に例える。
「希望者が途切れたら、それはそれでいい」と言うものの、発足(2002年)から毎年6~7名の学生が名を連ねており、来年、再来年度も確定済み。人気は揺るぎない。
「指導方針は、好きに生きろ。すべて各自に任せています。なぜって、そのほうが覚えるでしょう? 学生たちは、やらせれば大概できます。私と差があるとすれば知識量。学生たちにはいい意味で驚かされることのほうが多いですよ」
 東京大学健康教育学部出身との経歴からもわかるように、教授は応用健康科学(当時は健康教育学)を専攻して疫学や健康指導を学んでいた。そんななか、教授のアンテナに引っかかったのは授業研究という分野における仮説実験授業。大学院でもそれを専門とし、研究に勤しんだ。
「当時は『授業論』のようなものをつくっていました。それによって、人の考えはどう変わっていくのか、評価や気分はどう変わっていくのか、理解はどう進んでいくのか、を調べていたのですが…。世の中には学習理論や行動理論も存在しますから、実際の場面でその授業論が適応できるかはわかりません。そのときから、『ヒトの脳を調べられればいいのになぁ』と思い始めました」
 興味を抱いたものの、当時はまだ脳を調べられる機器に限りがあった。そこで教授は視点を変えた。授業研究や理解研究は、脳研究とイコールで結ぶことができるのでは? と。そして、血液や脳内物質系の代謝物を対象とする、血液研究や子どもの行動脳科学、我慢に関する研究、脳科学課題を使い“運動している子どもたちと、していない子どもたちとで、どういう差があるか”など、自身の分野の範囲内で研究を進めていった。
 ちょうどその頃、諏訪東京理科大学の前身・東京理科大学諏訪短期大学が測定器を導入。篠原教授は飛びこむように研究者として名を連ねた。科学の世界は常に挑むべき課題と研究にあふれているが、教授は「アレもコレも見たい」というモチベーションが強かった。だからこそ、始まったばかりで自由に研究を展開できる環境が打ってつけだったのだ。

“白黒”あるから人なのだ

 心がけるのは、科学的になりすぎないこと。自分の興味を軸として研究に手をつけると、どうしても科学の範疇を飛び抜けた考えが生まれにくくなり、「このときはどうなる?」というような対応力が狭まってしまうからだ。テレビや雑誌といったマスメディアに篠原教授が頻繁に登場しているのも、そこに理由がある。
「刺激をもらえるんです。『応援されると、ヒトの脳はどのような反応をする?』とか、科学の世界とは異なる視線で脳を見ることができるんです。あらゆる側面からの提案をいただくと私自身の興味もかき立てられますし、人全体の脳活動がどうなっているのか? という部分の勘が育つ。経験や知見を広げるという意味でも、お付き合いさせていただいています」
 元来は健康教育が専門であるから、研究のベクトルは「社会的な落としどころ」を向いている。認知症予防のための運動を考えると、まず、すべきことは啓発活動。それで十分といいたいところだが、もう1つすべきこととして動いているのが、継続させるための工夫だ。
「予防には『頭を使う』『高い身体運動』『食事に気を遣う』『人とのかかわり』が効果的であり、それは生活習慣病予防を行ってきた20~30年の流れと接続することができます。問題点は、予防のためにどうすればいいのかをわかっていても、大半の人が1ヵ月もすればやめてしまうこと。そこで現在、我々が実施しているのがアミューズメントとの接続です」
 はじめは「蓼科高原脳トレツアー」という健康観光旅行。脳年齢計測などを行う一方、健康指導を行った。ほかにも健康麻雀協会と協力関係を結び『飲まない、賭けない、吸わない』を標語とするほか、転倒予防体操の映像を店頭で流した。もう1つが、パチンコ店との共同プロジェクト「健康パチンコ」である。店頭で万歩計を配布し、静岡から新潟までの距離を歩数に換算した数字を目標に掲げてクリアを目指すなど、運動促進イベントを展開しているのだ。
「依存症などが問題視されている部分もありますが、高齢者、特に1人暮らしの方はパチンコ店だけが憩いの場であったり、社会関係を保つ唯一の場だったりするケースが多い。『やめなさい』と言うのは簡単です。しかし、対象の大半の方、高齢者になればなるほどパチンコだけが生きがいになっているのに、それを取り上げる行為が正解とは限らない。私は、取り上げるくらいなら、その状況を維持できるような、無理のない程度で生活を改善する策を提案したい。人は“ホワイト”な面ばかりでは生きられません。誰にも必ず“ブラック”な面はあって、それを避けて生きるのは不可能ですから」
 最終的な提案は、パチンコ店の2階またはその周辺に介護付き高齢者専用住宅を作り、店員には介護の勉強を徹底させるというもの。1万数千店舗ある現存のパチンコ店のうち、5%でも健康教育肢節、福祉施設に化ければかなりの力になるだろう。「囲い込みと思う人もいるかもしれません。だけど、当人を考えれば、大好きなことをしながら人生を終えられるのだからワクワクしますよね。高齢者の孤独死が問題視されるなかで、そうなる可能性の高い人たちが笑顔でいられるようにしたいです」
 健康教育の勉強から脳科学へ。脳トレブームから認知症予防にかかわるようになり、アミューズメント業界とも関係をもった。一見、なんのつながりのないようなものとの出合いは、偶然のように思えるが、教授としては「文脈上では必然」という。そして「流れの中に身を投じるのも悪くないでしょ」と笑うのだった。

Profile

しのはら・きくのり

長野県出身。諏訪東京理科大学共通教育センター教授、学生相談室長、東京理科大学総合研究機構併任教授。東京大学教育学部卒業後、同大学大学院博士課程を経て現職。社会応用を目的に、多チャンネルNIRSを活用して日常的な脳活動や変わった場面での脳活動などの研究を行っている。

ミラーニューロン系の働きを確認する実験の風景(当時)

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