人生には思いがけないトラブルやハプニングはつきものです。
だから面白い、とも言えます。
何事もなく、淡々と過ぎていく人生なんて、つまらないと思いませんか。
土俵の上も、予想もしない、いや、できない出来事に満ちています。
そんなときの力士たちの表情や反応はまさに一瞬の名優です。
とても筆舌には尽くしがたいものがありますが、あえてその不可能にチャレンジし、
筋書きから外れたハプニングに直面したときの力士たちの表情にスポットを当ててみました。
これぞ男の心意気どんな力士にとっても気合は大事だが、体の小さな力士ほどこれを抜きにしては語れない。120キロに満たない体で39歳まで現役で頑張り、幕内在位93場所(7位、当時史上3位)をはじめ、数々の記録を残した元関脇寺尾の前錣山親方はまさに相撲一筋、気合の塊だったと言っても過言ではない。
その一本気な生き方は引退して8年経っても少しも変わらなかった。平成22(2010)年名古屋場所といえば、野球賭博問題で幕内だけで解雇者1人、謹慎者6人を出し、揺れに揺れた場所だった。親方も、力士も、平身低頭の毎日で、場所前に開かれた錣山部屋の激励会も例外ではなかった。壇上に上がった錣山親方も、
「大相撲界がこういう事態になったのも、自分たちが至らなかったからです」
と挨拶はまず深々と頭を下げて詫びることから始まった。そして、部屋の力士らに関与した者はいなかったにもかからわず、
「これからその責任を取ります」
と言うと、突然、バリカンを取り出し、頭をきれいにさっぱり丸刈りにしてしまった。このいかにも思い入れの強い錣山親方ならではの行動について、御本人は、
「相撲協会員として、なにかけじめの形を示したかった。自分は関係ありません、と言えるような状態じゃ、到底ありませんから」
と話している。しかし、列席者は、いきなり頭を刈り始めた錣山親方を見てビックリ。東前頭13枚目だった部屋頭の豊真将(現錣山親方)も、
「いかにもウチの師匠らしい行動ですね。自分も、師匠の心意気に負けないように頑張らないと」
と驚き、気合を入れ直していた。
この師匠の体を張った丸刈り謝罪の効果はさっそく現れた。なんとこの場所の豊真将は初日から10連勝。終盤、上位陣にぶつけられて優勝争いからは脱落したが、11勝して通算4回目の敢闘賞を受賞した。
月刊『相撲』平成25年6月号掲載