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2025-07-08

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第32回「ハプニング」その3

初日に転倒し左目に腫れが残っていたが、4日目から土俵に復帰した立呼出し秀男

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人生には思いがけないトラブルやハプニングはつきものです。
だから面白い、とも言えます。
何事もなく、淡々と過ぎていく人生なんて、つまらないと思いませんか。
土俵の上も、予想もしない、いや、できない出来事に満ちています。
そんなときの力士たちの表情や反応はまさに一瞬の名優です。
とても筆舌には尽くしがたいものがありますが、あえてその不可能にチャレンジし、
筋書きから外れたハプニングに直面したときの力士たちの表情にスポットを当ててみました。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

呼出しも転べない

土俵にいなくてはならない脇役、呼出しも顔が命だ。

平成24(2012)年九州場所初日の2日前、呼出しのトップ、立呼出しの秀男は会場内の通路に敷いてあるカーペットに足が引っ掛かって転倒。思い切り左顔面を打ちつけた。不運としか言いようがない。

翌朝、秀男はひょいと鏡をのぞいて驚いた。一晩のうちに顔の左側がまるでKOされたボクサーのように腫れ上がり、目の下には痛々しい青アザまでできていたのだ。これでは、とても人前に顔を出せない。

「こりゃ、いかん」

と秀男は即座に休場を決意し、相撲協会に休場届を提出した。それには仰々しくこう書き連ねてあった。

「左眼球打撲、眼瞼(がんけん)皮下出血、両眼内レンズ眼、左顔面打撲。回復まで約1週間の安静が望まれる」

この場所は、同じ一門の日馬富士が横綱に昇進。16場所ぶりに2横綱になり、横綱土俵入りで先導を務める秀男ら、呼出しにとっても一段と晴れがましい場所だった。

「悪いのか顔だけで、手足はなんともないいんだから」

と休場中も呼出し室に出勤していた秀男は、

「顔から突っ込んじゃったんだよ。とても人前に出せるような顔じゃねえ。でも、驚いたね。呼出しも顔が大事だとは、これまで爪の先ほども思わなかったよ」

とこぼし、何度も大きなため息をついていた。

この拷問のような生活も3日目まで。4日目、まだ顔の青アザは完全には消えていたなかったが、強引に出場に踏み切った秀男は、同じ失敗は二度と繰り返さないとばかり、足を高く上げて通路を歩いていた。大相撲界では、力士はもちろんのこと、呼出しも転んではいけない。

月刊『相撲』平成25年6月号掲載

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