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2025-08-08

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第31回「ハプニング」その1

平成28年名古屋場所9日目、勢がつまずいてバランスを崩した白鵬を叩き込み金星獲得

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世の中には、ときどき、思いもよらぬことが起こります。
とりわけ、大相撲界はそうです。それもときどきではなく、しょっちゅう。
令和3年秋場所も前場所、全勝優勝して優勝争いの先陣に立つはずだった横綱白鵬がコロナ禍で休場に追い込まれました。
まさか、ですよね。でも、まあ、これが人生でしょうか。
こういうことに直面し、乗り越えていくところに人の世の妙味があるワケですから。
問題は、この予期せぬ出来事に遭遇したときの対処法です。
さあ、力士たちはどうしたでしょうか。
今回はハプニングにまつわるエピソードを集めました。

侮れないつまずき

土俵は呼出したちが叩いて平坦にし、まるで鏡のように固くなっている。およそつまずきようがないのだ。それでもつまずくことがある。
 
平成28(2016)年名古屋場所は折り返し点の8日目を終えて白鵬、日馬富士、稀勢の里(現二所ノ関親方)、それに小結の髙安の4人が7勝1敗で先頭争いを繰り広げていた。ちなみに、この前の2場所は白鵬が制し、直前の夏場所は全勝優勝している。
 
また、白鵬のものか、と誰もが思った。ところが、9日目、その白鵬に信じられない出来事が起こった。相手は西前頭4枚目の勢。過去は9戦して9勝している。つまり、1度も負けていないのだ。
 
どこからでも来い、と言わんばかりに余裕たっぷりの白鵬。立ち合い、当たって得意の左上手を取るが、サガリと一緒につかんだためにいったん離し、もう一度、飛び込んで捕まえようとしたときだった。右足の親指が土俵にひっかかり、バランスを崩して自分から前のめりに倒れた。わかりやすく言えば、蹴つまずいたのだ
 
決まり手は、叩き込みだったが、事実上の自滅だ。もちろん、白鵬がこんな負け方をするのは初めて。憮然とした表情で引き揚げてきた白鵬は、

「親指が(土俵に)入った。帰ったら(トレーナーに)診てもらいます。上半身に力が入り過ぎ? そうかもしれないけど、負けは負けですから」
 
と恨めしそうに親指を見つめていたが、この違和感、意外に重症だった。
 
この場所はなんとか最後まで勤めたものの、10勝5敗に終わり、場所後の夏巡業にも参加したが、その無理がたたって次の秋場所は初日から全休した。協会に提出した診断書には「左膝タナ障害、右拇趾伸筋腱損傷、右足関節炎症で4週間の治療を要す」と書いてあった。つまずきの後遺症だ。
 
このときの全休は横綱になって初めて。今では全休は常態化して珍しくもなんともないが、このときは、

「(休場を決断する)前夜はちょっと眠れなかった」
 
と話している。
 
たかがつまずき、と侮ることなかれ。復活優勝を遂げたのは、それから5場所後のことだった。

月刊『相撲』令和3年10月号掲載

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