人生には理屈では割り切れない、摩訶不思議なことがよく起こります。
なにかあったとき「そう言えば、あの直前にこういうことがあったな」
と、これから起こることを予感させるような出来事に遭遇したことはありませんか。
ちょうど大地震が起こる前の予知現象のように。
ホンのちょっとしたことが、勝負に大きく影響する世界だからかもしれませんが、大相撲界にはよくそれが起こります。
そんな理論を超越した、なんとも神秘的な前兆、前触れにまつわるエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。
神が降りてきた勝負の世界では時々、神が乗り移ったとしか思えないようなことが起こる。平成16(2004)年秋場所5日目、東前頭2枚目の岩木山(現関ノ戸親方)は朝、目を覚ましたとき、
「よしっ、今日は勝てる」
となぜか、思ったという。
この日の相手は4連覇中で、場所前、タミル夫人と都内のホテルで華燭の典を挙げ、心身ともに乗りに乗っている横綱朝青龍だった。まだ1個も金星を挙げたことがない岩木山がその破竹の勢いの横綱に勝てると思ったのだから、まさに大胆不敵、身の程知らずというしかない。
ところが、この予感は見事に的中した。岩木山は我が人生最高の一番をこう振り返っている。
「横綱は右を大きく振りかぶって張ってきた。そのため、右がガラ空き。まるでほら、ここを突け、と言わんばかりで、しめたと思ってそこを突いたら大きく後退。土俵際で、今度はお腹がガラ空き。よし、今度はここだ、と思ってそこを突いたらあっさり(土俵の)外に出た。まるで勝負の神に魅入られているような攻めでした」
やることなすこと、なにもかもが図に当たったのだ。岩木山は幕内を43場所務め、平成22年秋場所限りで引退しているが、こんなことはこの1回だけ。どんなに気持ちよく目覚めても、今日は勝てると思ったことは二度となかったそうだ。
月刊『相撲』平成25年8月号掲載