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2025-11-26

エビの怨念が宿ったスーパー・ササダンゴ・マシン、2年間限定プロレス界のアイコンになるべくDDT11・30後楽園での2冠戦へ【週刊プロレス】

ササダンゴ(右)と上野

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11・30後楽園ホールにて上野勇希が保持するKO-D無差別級&DDT UNIVERSAL両王座へ挑戦するスーパー・ササダンゴ・マシン。11・3両国国技館で鈴木みのるとのダブルタイトル戦を制した2冠王の前に現れた時は、なぜここでベルト獲りに腰をあげたのかが明確には伝わってこなかった。だが、その後の前哨戦で封印していた得意技を解禁するなど、そのやる気が徐々に伝わる中で「プロレス界のアイコンになる」という仰天プランが飛び出す。いったい、その真意はどこにあるのか。11・22横浜ラジアントホールにてくだんの発言が飛び出る数時間前の時点で、その核心に触れていた。(聞き手・鈴木健.txt)

上野が理想としている姿の
チャンピオンとして地ならしする

――今、11月26日にLINE CUBE SHIBUYAで開催される純烈コンサートの脚本を絶賛執筆中だそうですね。

ササダンゴ 今日もここへ来るまでの新幹線の中で書いていました。いやもう、全部の作業が遅れています。月曜日更新の山ちゃん(山里亮太)とディーノさんとやっている「ワクワクおじさんch」の編集も途中までやって停まっていて。 

――純烈コンサートの4日後に団体最高峰のチャンピオンベルトに挑戦するという行程もスーパー・ササダンゴ・マシンならではだと思いますが…大丈夫なんですか。

ササダンゴ いやいや、棚橋弘至さんの方がもっと忙しいでしょ。

――逸材さんをお手本にしていると。

ササダンゴ お手本というか、2026年1月4日に棚橋さんは引退しますよね。そうなると、必然的に次の新日本プロレスのエースは誰かという話になるじゃないですか。でもそれって、世間一般から見たら新日本プロレスだけの話でなく、プロレス界のアイコンは誰になるのかなんですよ。この10年、20年のプロレス界のアイコンは?

――棚橋選手です。

ササダンゴ ですよね。そのプロレス界の顔だった人が引退する。じゃあ、そこの席に誰が座るのかという話になってくる。プロレス界だったら、新日本の選手の誰かとなるでしょうけど、世間に出たら団体の枠は関係ないわけですから、他団体のプロレスラーがなっても不思議ではないわけです。じゃあ今、ジャンルの顔として世間にまで届く存在といったら、棚橋さんと同じようにプロレスの枠を超えてメディアに露出している人間は…と考えた時に、自分も20年は無理として、2年ぐらいはなってみたいな、やれるんじゃないかなと思ったんです。

――スーパー・ササダンゴ・マシンがプロレス界のアイコンに! 確かに、世間への露出度、認知度でいったらその域にまで達しているという解釈もあります。

ササダンゴ つなぎですよ。2年以上はできないから、つなぎのアイコン。

――短命アイコン。ボブ・バックランドとハルク・ホーガンの間にWWEチャンピオンとなったアイアン・シークみたいですね。

ササダンゴ 今、KONOSUKE TAKESHITAがIWGP世界ヘビー級のベルトを持っているから、新日本プロレスの顔なわけでしょ。でも、いかんせん彼のお住まいはフロリダですから。

――AEWにも所属しているので、常に日本にはいないですね。

ササダンゴ プロレス界のアイコンになっても「徹子の部屋」には出られないんですよ。

――黒柳徹子さんがアメリカへいって現地で収録する以外にないです。

ササダンゴ 年齢的にはそうもいかないでしょう。そうなると、日本国内にアイコンが必要となってくる。その方が発注するさいも窓口がわかりやすいですし、フロリダから呼ぶのと比べたら、新潟からだから格安に済みますし。

――自分で運転してきますしね。

ササダンゴ あ、今は運転で来ないようにしています。一回事故ってマネジャーさんに怒られたので。今は全て新幹線移動です。まあ、プロレス界のアイコンになればドライバーつきの車で移動できるし、なんならタクシーで新潟から来ても領収書切れますから。

――そのような野心があって、11・3両国国技館で上野勇希に挑戦表明をしたとは、現場ではビタ一文気づきませんでした。

ササダンゴ なんなら私、一面対抗戦で棚橋さんと肌を合わせていますから。継承する資格はあるんじゃないですか?

――2年間限定の100年に一人の逸材。

ササダンゴ いや、2年に一人の逸材です。それとともに…やっぱり、2030年10月6日にやる「マッスルハウス11」を最後に引退するじゃないですか。

――ちょっと待ってください。2030年10月6日に「マッスルハウス11」を開催するのは2010年10月6日の時点で決まっていましたが、そこで引退するというのは初耳ですよ。もう一回、引退するんですか。

ササダンゴ 今回は、ちゃんとやめるための引退。前回は、いったんやめるための引退。いや、逆に考えてくださいよ、僕から言わせたら引退まであと5年もあるのかよ!ですよ。本来なら、あと5年もやるつもりなの?って突っ込むところでしょ。

――うーん、今のペースでやったら5年は続くとばかり思っていました。

ササダンゴ いやいや、私も48歳になりましたから。53歳まで無事続けられるのかっていう話ですよ。53までケガなくプロレスを続けたいじゃないですか。

――天龍源一郎さんは53歳にして新技「53歳」を開発しましたよ。53歳でも伸びしろがあることを証明したじゃないですか。

ササダンゴ それは天龍さんだからですよ。坂井さんは無理! だからそこから逆算した結果、アイコンになるなら今なっておいた方がいいということです。なので、ここでハッキリと皆さんに問いたいです。「ポスト棚橋弘至はスーパー・ササダンゴ・マシンじゃないのか!?」って。

――事象を検証すると、あながち…という気がしてきました。

ササダンゴ だから、あと足りないのはベルトだけなんですよ。アイコンの象徴としての、団体のトップのベルトね。ベルトを獲れば、実はすっといけるのよ。

――世の中に対しての通りもよくなるでしょうね。

ササダンゴ そこを上野はまだ自信がちょっと持ててないんだと思う。ベルトを獲ったあとに何をすべきかという点で不安があって、今は獲ったら獲ったでどうしよう…っていう焦りがちょっとあるのかなあと。

――焦りですか。

ササダンゴ 早く結果を出したいという前向きな思いがあるがゆえの焦り。チャンピオンとして、DDTのエースとして毎回の後楽園や両国国技館をパンパンにしたいという気持ちをエースの責務として持っている。そのためには、テレビなどのいろいろなメディアに露出していきたい。24時間365日プロレスラー・上野勇希として世の中に露出していきたくて、その準備はできているんだけど現実問題としてまだそこまでいけてるわけじゃない。

――露出している人が言うと妙な説得力があります。

ササダンゴ その意味でも今、自分がチャンピオンになったら上野が理想としている姿を見せられると思うんです。

――実はササダンゴは上野勇希のモデルケースだったと。

ササダンゴ 2年間限定のプロレス界のアイコンになって上野のために地ならしをしておきますよ。だから私がKO-D無差別級王座を獲ることは、上野のため、ほかのDDTの選手たちのためにもなるんです。自分よりもあとの世代に対しての道筋作りになるから。

――ちゃんと団体全体、業界全体のことを考えているんですね。それが世間に届いている人の立ち位置というものなんでしょう。

ササダンゴ 自分の中でもだんだん意識が変わってきましたよね。DDTも再来年には30周年ですよ。30年続いたら、もはや老舗じゃないですか。もうね、ドーン!と構えてなきゃダメなんですよ。これから僕ができる最高の悪ふざけって、ちゃんとプロレスをやることじゃないですか。それが自分にとって、最後に残されていることだと思っていて。もちろん今のDDTの中でちゃんとプロレスをやるのは相応の覚悟も準備も、コンディションも必要ですから、そこに対し一生懸命になってみようというね。

東京ドームでやりたいと言った
上野に昔の自分が重なった

――以前は団体最高峰のベルトに対し、プレイヤーとして価値を見いだしていたんですか。

ササダンゴ 興味がなかったというよりは、自分には必要ないんじゃないかと思っていました。そういう雰囲気を出していた…うん、興味なさそうな顔をしていたんでしょうけど、2014年(6月29日、後楽園)にいつでもどこでも挑戦権を使って、唯一KO-D無差別級に挑戦した試合があって。

――HARASHIMA選手に挑戦した一戦。煽りパワーポイントと垂直落下式リーマンショックを初披露した日です。

ササダンゴ あの時はベルトを獲れなかったけど、世間に届けることはできたんですよ。そういうもの(煽りパワポ)を使って、あそこで自分がチャンピオンになっていたら、もっと違った未来があったかもしれないと思っていて。その時は煽りパワポを使って勝つことが、自分がよりプロレスを世に届けられる、レスラーとしてもDDTとしても世の中にアピールするチャンスがあると思っていたんです。今もそうだけど当時は新潟と東京を往復する生活の中で大学院にも通っていて、芸能の仕事も忙しくなってという中で、2016年に急性心筋梗塞でぶっ倒れたんですよ。本当、死にかけた。そこからリングに復帰することはできたけど、2019年にマッスル両国大会をやらせてもらった時とかも、アントーニオ本多vsDJニラがメインイベントだったじゃないですか。

――あれは夢のある素晴らしい試みでした。

ササダンゴ でもそれは、自分がメインイベントのリングに立つことから逃げているんですよね。その後、ひらがなまっするを始めた時も自分は演出とか、プロデュース側に回って。彼らとレスラーとして向き合うこともあまりできなかった。#大家帝国興行は倒れる前だったので、まだレスラーとして竹下幸之介とシングルマッチでやりたいという気持ちがあったんです。でもそれも心筋梗塞になってからは、周りから見ると忙しくやっているように見えたかもしれないけど、自分としては常にブレーキに足をかけていた状態で、二十代とか三十代のササダンゴ・マシンを始めた頃までのアクセルをベタ踏みしているようなことは、もう自分の中ではできなくなったんです。特にプロレスラーとして、ちょっと怖かったっていうか。それでコロナになって、今度は世の中全体のブレーキがかかったわけで、気づいたらもう2023年とか2024年でしょ。ゆっくり走ってきた結果、世の中の進みもちょっとよくなったおかげで自分も大きなケガとか病気をその後はすることもなく、今はリングに立てている。その中で、どうしてもケガでリングに上がれずにいる仲間もいる。

――……。

ササダンゴ そういういろいろなことがあった中で、一番大きかったのが去年、髙木さんと新宿FACEでやったワンマッチ興行だったんですよ。あの時、やりたいことをやると言って、なおかつ新日本プロレスの矢野通さんに来てもらって、やりたいことをまたやりたいってなって思えた。興行の最後、リング上に立っている自分の姿を俯瞰で見て、こういうことをしてたくさんの人に笑って応援してもらって、みんなと幸せな時間を過ごせるっていう感じが前によくあったよなあって思い出したんですよね。その年末に上野とのシングルマッチがあって(2024年12月22日、後楽園)、勝つことができた。それからまた半年後に新日本プロレスと一面対抗戦があって…自分の中で、また手応えが確実にあって、ちゃんとプロレスと向き合った分だけ何かしらの結果を出せるようになってきているって。本当にちゃんとコツコツと、正しくしっかりと努力をすることの大切さをわかってきて、そこからまたコンディション作り、体力作りみたいなものを始めたんですよね。

――新潟県内で一番高いパーソナルトレーナーをつけているんですよね。あれ、まだ続いているんですか。

ササダンゴ 続いていますよ! 正直、プロレスのギャラといって来いですよ。迫さんというトレーナーの方なんですけど。だからプロレスのギャラを増やさなきゃいけないんで、ちゃんとやるしかないんですよね。

――いや、メチャメチャやる気に満ちていますね。

ササダンゴ 自分で言っていて、活字になったらどうなるっていう怖さがあるぐらいです。まあ、ヘラヘラしているように見えるかもしれないけど、本当にポスト棚橋はニュージャパンだけじゃないということは、全プロレスラーに伝える必要があると思うんです。それが11月30日に、私がベルトを獲って一番発信すべきことなんですよね。チャンピオンが見せるべき未来、つながってくるというのをちゃんと言うのが、大事だと思う。両国で上野が勝ったら乱入して、対戦要求をしようとは思っていたんです。鈴木みのるさんが勝っていたら考えていたことが全部吹っ飛んだんですけど。でも、あそこで上野が「東京ドームでやりたい」と言った時に一瞬、これは俺、出ていかなくていいかなって思ったんです。だって、ああいうのは髙木さんが言うことだと思っていたから。それを上野が言ったのはすげえと思ったし、嬉しかったんですよ。昔、DDTの事務所で「両国国技館、やりましょう!」って話した30歳の頃の自分と重なっちゃったんだよね。後楽園もフルハウスにできるわけじゃない、新木場も空席が出ちゃう。そんなタイミングで両国国技館なんてできるわけがないじゃないかってみんなが言うけど、いや違うと。ロード・トゥ・両国っていうみんなで持てる目標があるから、お客さんも押してくれるようになるんですよっていうことを熱弁していた自分と上野が重なったんです。今は後楽園ホールも両国も入るようになったけど、毎回完売とまではいかない。そんなんで東京ドームなんてできるわけないって、普通に考えたらなるけどそうじゃない。東京ドームに向かっていく僕らを見てくださいって言っているんです。だから上野がそれを言った時、これで俺が出ていかなければ一番いい形で興行の句点が打たれるよな。俺が出ていったら上野の言葉が読点になってしまう。それでいいのかっていう気持ちがちょっとあった。でも、あそこが東京ドームに向けてのスタートなんですよ。だったら、それに味方をしてあげるやつがいないといけないというか。自分の中でも、それってやり残していることでもあったわけです。DDTのレスラーとして東京ドームに上がることに諦めかけていたところもあったのが、それを言ってくれたことが嬉しかった。それならよけいに、僕がチャンピオンになってもいいのかなって。ドームにいくという大きな目標があるんだったら、スーパー・ササダンゴ・マシンがチャンピオンのDDTとして東京ドームを目指すというシチュエーションがあってもいいって、客観的にとらえていますね。

――東京ドームに到達する過程としてササダンゴがKO-D無差別級王者になるのは、ありだと。

ササダンゴ 私はチャンピオンになりたいと言っていますけど、主役は上野なんですよ。東京ドームに向かっている主人公と、それに対するライバル。私は主役のライバルとしてチャンピオンをやり切る自信があります。

――まあ、先ほども出ましたが前回のシングルマッチでは勝っていますからね。むしろ今回のタイトルマッチは、上野選手にとって雪辱戦になるという。

ササダンゴ でもね、画鋲を使って人の体に1年も2年も残るような傷をつけちゃいけません。そういうことはもうやらないんで。ポップじゃないでしょ、人の体に傷を残すなんて。猛省しています。

リバース・シュリンプ・ホールドは
デビュー前から封印していた得意技

――今、タイトルマッチに向けての前哨戦を続けているわけですが、マッスル坂井時代までさかのぼって、自分のプロレスラー人生において本格的な前哨戦って経験してこなかったですよね。

ササダンゴ いやー、大変です。一度引退した人間が戻ってきて、一回死にかけて、経営者保険にも入ってるような48歳が初めて前哨戦を経験すると、こんなに大変なのかと。ただ、前哨戦経験者になると気づきも多いです。しかも最初の前哨戦も、しっかりと格下相手に勝ちましたから。

――前哨戦と言えばまずは格下に勝利。

ササダンゴ 格下をしとめるシーンを上野に見せつけるということがちゃんとできましたからね。

――リバース・シュリンプ・ホールドはいつから封印していたんですか。

ササダンゴ デビューする前からです。

――プロレスラーになってから一度も出していなかったのに、得意技なんですか!?

ササダンゴ デビュー前の練習でやったら、みんな「痛い痛い!」って言うんですよ。

――そりゃそうですよ、痛くなかったらプロレス技の意味がないじゃないですか。

ササダンゴ いや、その痛さがほかの選手と比べて尋常ではなかったそうなんです。たぶんヘタなんでしょうね。でも、だからこそ実はうまいという。

――ちなみに誰が一番痛がっていたんですか。

ササダンゴ 大家健です。悲鳴をあげていましたね。それを見て、これは使っちゃいけないなと思ってずっと封印してきたんです。ただ、私はエビが好きすぎて…いや、正確にはエビ料理が好き好きすぎて。好きな食べ物のベスト3がエビ、ひき肉、練り物なんで。それで、かねてから「逆エビ」という名称に対しエビへのリスペクトが低いんじゃないかという憤りがずっとあったんです。

――知りませんでした。

ササダンゴ なんか、エビを下げているようじゃないですか。「エビ固め」はいいんですよ。あと、柔道のエビを切るとかは。だけど“逆”エビっていう言い方はすごくなんかねえ…エビにとって、あの体勢は逆でもなんでもないですから。エビ反りという言葉があるように、むしろそっちの形の方がエビはイケますからね。無脊椎だし。

――『侍ジャイアンツ』の番場蛮もエビ反ることで凄い魔球を投げていました。

ササダンゴ そうですよ。だから逆エビ固めなんていう名前は変えろと。それでリバース・シュリンプ・ホールドにしたんですよ。結果、意味は一緒ですけど。

――でも、英語にしただけでなんかカッコよく聞こえます。ランカシャーレスリングっぽい響きになる。

ササダンゴ サソリ固めがスコーピオンデスロックになるみたいなね。私のような体重のある人間の、スタミナを失ったところで全体重をかけられた逆エビ固めなんて、私自身も絶対に食らいたくない。

――プロレスラーを目指す新人は練習生時代にさんざん逆エビ固めの痛みを味わわされて、それを超えられた者だけがデビューできるという風習があると聞いていたんですが、まさかそれをデビュー前に封印したレスラーがいたとは正直、驚きを禁じ得ません。

ササダンゴ それだけに、上野勇希もここ最近はずっと食らっていないでしょう。特に、タイトルマッチでやられているところを見たことありますか?

――言われてみれば記憶として浮かんではきません。それにしてもなぜ、このタイミングで長きにわたり封印してきた技を思い出したんですか。

ササダンゴ それを聞きますか…ディーノさんと棚橋さんの試合、どんな決まり手でした?

――あっ! 逆エビ固めでした。しかもすこぶるエビ反った形の。

ササダンゴ あれを見て、思い出しちゃったんです。そういえば昔、デビュー前にこれをやっていたなと。あれほど棚橋弘至に勝つと言っていた男色ディーノに、自らギブアップを選択させてしまう技なんだなってね。本来なら、ああいうのって食らったディーノが伝承されるところじゃないですか。それが、まさかのこっちに来ちゃったという。

――リバース・シュリンプ・ホールドは棚橋選手から間接的に伝承されたものだと。

ササダンゴ そう言って差し支えないでしょう。でも、なぜこっちに来たかと考えるとエビが好きだという思いですよね。気持ちの大きさ、深さによって乗り移ったというか。

――エビの怨念が。

ササダンゴ 宿りましたね。今まで食べてきたおびただしい数のエビの栄養が、すべてあの技に注がれる。あと、私は食べるだけでなく飼っていた時期もあったんです。これは今まで言っていないことですけど。大きな食用のエビじゃなくて、小さなミナミヌマエビやヤマトヌマエビという淡水のエビ。睡蓮鉢の中でメダカと一緒に飼っていました。

――そんなご趣味があったとは…ササダンゴ選手の人生において、エビは重要な存在だったんですね。

ササダンゴ なので、煽りパワポを使わずしてここに戦法を明かしてしまいましょう。タイトルマッチでは、この技でしとめます。「上野は腰を洗って待ってろよ(凄む)。」そういう試合になるということです。最近のDDTにおける無差別級タイトルマッチとは違う、第1試合のようなシンプルな技しか出ない、でもちゃんと応援してもらえるような試合になったらいいと思っているんですけど。要は引き算のプロレスですね。

――武藤敬司さんのようなことを言いますね。

ササダンゴ だけどね、そういう意味では同じ日にTAKESHITAvs青木戦があるのが怖いんですよ。ここはまたリアルが乗っかってくるじゃないですか。青木さんが今、総合格闘技の引き際に関していろいろと物議を醸している中で、TAKESHITAというザ・プロレスと当たる。青木さんはその中で何を描いて、TAKESHITAがどうトリートメントするのか。それがね…いいんですよねえ。

――無差別級チャンピオンになれば、先ほど自分で逃げていたと言った両国のメインに立つ可能性も出てきます。立ちたいんですね?

ササダンゴ そうなっちゃうんですよね。この年齢で、それってどうなんですかね。

――私の考えとしては、なったら何をやっても面白いだろうから、不安はないですよ。両国のやりとりで響いたセリフは「俺が巻いても知らねえからな!」でした。スーパー・ササダンゴ・マシンが無差別級とUNIVERSALの2冠王になったら、団体がこの先描いているものが全部瓦解するでしょう。でも、そうなったらなったで面白いし、想定していた方向と違う進み方をしてもDDTがそれを許容する団体だからこそ、タイトルマッチとして認めたわけで。

ササダンゴ そうか…こういう人って世の中にも多いでしょうからね。中年になって、病気になって常にブレーキを踏んでいながらやっている境遇にいる人たちに響けばいいのかな。

――しかもDDT UNIVERSAL王座も懸けられますから、史上2人目の2冠王者ですよ。これは髙木三四郎も男色ディーノもKONOSUKE TAKESHITAもなし得ていません。

ササダンゴ UNIVERSALにいたっては初挑戦ですよ。それを後楽園ホールのメインのリングでやらせてもらえるって…うん、ありがたいことなんですよね(途端にしんみりする)。

――あのう、マッスル坂井時代から常にコスチュームの一部としてベルトを巻いてきたじゃないですか。勝ったらその上に無差別級かUNIVERSALのベルトを重ね巻きするんですか。

ササダンゴ いや、そうなったらアレ(KING OF SASADANGOベルト)は外します。そして無差別級のベルトを巻いたまま試合をするでしょうね。

――エンターテイメントプロレスFMW時代の冬木弘道さんみたいですね。

ササダンゴ 無差別級を持っちゃったらあれはもういらないでしょ。返上します。

――返上って、どこに返上するんですか。

ササダンゴ ごめんなさい、返上はしないです。でもさすがに2つのベルトを重ねては巻けないんで。

――でも、そうやってずっと自作のベルトを巻いてきたわけじゃないですか。なんだかんだで、チャンピオンベルトに対するあこがれはあったんですね。

ササダンゴ わかりやすいプロレスラーらしさですから。バラエティーとかに出演すると、ベルトを巻いていることによって一目でプロレスラーと認識される。それがホンモノのチャンピオンベルトになったら、より真実味が増しますよ。弁護士バッヂや議員バッヂのようなものです。だから今の僕は司法浪人ですよ。ちゃんと団体のベルトを巻かないと、ダメだよなって。

――そういう段階が引退15周年記念イヤーに訪れたわけですね。

ササダンゴ まだやったことがなくて、やってみたい相手っていうのはたくさんいますけど、そのやっていないことの一つがKO-D無差別級王者になることですから。獲ることによって、その中で実現できることも増えてくるだろうし。あとはTAKESHITAがアメリカからの通いでIWGP世界ヘビー級王者になったのも大きいですよね。新潟からの通いでもいけるんだっていう。

――通いのスペシャリスト。

ササダンゴ 通い王ですよ。こうやって考えると僕は、周りにいろいろお手本というか、気づかせてくれる人たちに恵まれているなって思います。それはつまり、環境がだんだん整ってきたということなんでしょうね。地元でコンディションを作っても狙えるというね。

――わかりました。プロレス界のアイコンになってください。

ササダンゴ ……そんなこと言いましたっけ!? ああ、言ったか。

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