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2026-01-14

【しゅりんぷ池田のカード春秋】「週刊ベースボール」創刊

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「週刊ベースボール」が創刊されたのは1958年3月のこと。58年と言えばプロ野球ファンには長嶋茂雄がデビューした年として記憶されています。この長嶋のプロ入りによって、それまで人気面で東京六大学野球の後塵を拝していたプロ野球が興隆し、国民的娯楽へと昇華されたと認識されています。当時のベースボール・マガジン社の社長・池田恒雄(89年野球殿堂入り)が「長嶋のプロ入りで野球人気がさらに高まる!」と直感したのでしょうか?

調べてみると日本で盛んに週刊誌が発刊されるようになったのが、たまたまこの時期だったのです。日本の週刊誌の嚆矢は戦前の22年に創刊された「サンデー毎日」と「週刊朝日」なのですが、戦後も昭和30年代に入って56年に「週刊新潮」、57年に「週刊女性」、58年に「週刊実話」「週刊大衆」「週刊ベースボール」「週刊明星」「女性自身」、59年に「朝日ジャーナル」「週刊現代」「週刊少年サンデー」「週刊少年マガジン」「週刊文春」「週刊平凡」と、この時期は週刊誌の創刊ラッシュだったのです。

「週刊ベースボール」の創刊号の表紙が廣岡達郎(当時の表記は広岡)と長嶋茂雄のツーショットだったのですが、それから18年後の76年に通算1000号を迎えた際に同じ2人が表紙を飾ったのは好企画だったと思います。当時小学5年生だった筆者も嬉々としてこの号を買ったことを覚えています。76年といえば長嶋は前年の屈辱の最下位から一躍優勝を遂げ、廣岡は前任監督の休養からヤクルトの監督に昇格した年で、ともにユニフォームを着ていたのが幸いしました。

通算1号(1958年4月16日号)
通算1号(1958年4月16日号)

通算1000号(1976年8月30日号)
通算1000号(1976年8月30日号)

58年の廣岡はプロ5年目を迎えており同年は一番・遊撃に入って打率.277、12本塁打、41打点という好成績で優勝に貢献します。一方の長嶋はというと打率.305、29本塁打、92打点とあわや三冠王の大活躍はご存じの通り。長嶋氏は惜しくも昨年亡くなられてしまいましたが、廣岡氏は創刊から67年が経った現在でも隔週で本誌にコラムを寄稿されているのは喜ばしい限り。

筆者は歴史もののカードを手掛けることが多く、BBM社のフォトアーカイブをしばしばのぞいております。やはり、もっとも写真の点数が多いのはONなのですが、廣岡の写真の点数の多さもなかなかのもの。それもカラー写真の多さに驚かされます。創刊当時は「週刊ベースボール」もカラーは表紙のみでしたから、カラーで撮影されるのは表紙に起用されるようなトップスターだけだったのです。
今回の「BBMカード35周年&週刊ベースボール4000号記念スペシャルバージョン」のNo.001も廣岡のカードとなった次第。

No.001 廣岡達郎
No.001 廣岡達郎


当コラムは、これまで「週刊ベースボール」の「Curutural Review」のページに掲載されていたカードのコラムを転載していたのですが、2001年春から続いていたこの連載が2024年4月1日号をもって終了しました。今後、当コラム「カード春秋」(※)はBBMカードサイトのオリジナルコラムとして続けていこうと考えておりますので、よろしくお願い致します。

※「カード春秋」というタイトルは、わたしの出身校・香川県立高松高校(旧制・高松中)の大先輩にして、文藝春秋社の創設者である菊池寛先生へのオマージュなのです。

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