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2026-02-10

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第36回「お宝」その3

停年を迎えた第31代木村庄之助を労い、花道に懸賞金を添えて手渡す横綱朝青龍

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傍目にはごくありふれた、どうってことはないものでも、他に代えがたい、自分だけの貴重なお宝を一つや二つ、みんな持っているはずです。
もちろん、それが目玉の飛び出るような高価な文字通りのお宝なら、なおさら結構ですが、それがどうしてお宝か、他人には分からないさまざまな思いがこもった物があります。
力士たちも、自分だけのお宝を大事に持っています。
そんなお宝にまつわるエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

花束と懸賞金袋

行司の最高峰、木村庄之助は結びの一番、横綱戦だけを裁く。それが値打ちだ。それだけに、横綱との心の結びつきも深い。

行司の停年は親方らと同じ65歳。平成17(2005)年九州場所千秋楽、横綱朝青龍は大関千代大海(現九重親方)を寄り切って84勝という年間最多勝の史上新記録を打ち立てた。それまでの記録は北の湖の83勝だった。すでに前日の14日目、7連覇、さらに年間完全制覇をやってのけており、史上新のトリプル達成だ。

この偉業を祝って、表彰式後、高見盛(現東関親方)や闘牙、さらに付け人ら、一門の力士たちが取り囲み、プロ野球ではもうおなじみだが、大相撲界では史上初の胴上げを行った。宙に3回舞った朝青龍は、

「最高だよ。プロ野球選手はこういう思いをしているんだな」

と話している。

こんな華やかなお祝いムードの中、取組を終えて意気揚々と花道を戻ってきた朝青龍は、花道の奥まったところで後から引き揚げてくる第31代木村庄之助(本名・阿部正夫)を待ち受け、

「長い間、ご苦労さまでした」

と言って大きな花束を贈った。6日後に満65歳の誕生日を迎える庄之助にとって、この日が51年間にわたる行司生活の最後の土俵だったのだ。この庄之助、平成15年夏場所に庄之助を襲名している。この場所はまた、もう一人の横綱武蔵丸(現武蔵川親方)が初日から休場し、その後2場所、合計12日間だけ土俵に上がったが全勤することなく、その年の九州場所に引退している。このため、朝青龍が実質的な一人横綱になった場所だ。別な言い方をすれば、この庄之助は合わせて5日間だけ、武蔵丸の相撲を裁いたが、あとは朝青龍の相撲だけを裁き続けた。朝青龍専用の立行司だった。朝青龍にとっても、とてもなじみ深い行司だったと言っていい。

花束にはまた、この日の千代大海戦に懸かった36本の懸賞のうちの3本を添えてあった。この突然のプレゼントに庄之助が驚いたのは言うまでもない。

「思いもしなかったことで、びっくりしました。この懸賞は使えない。私の宝。一生大事に取っておきます」

と感激していた。

これ以降、横綱が停年退職する庄之助に花束を贈る習慣がなかば定着。白鵬も、平成23年秋場所を最後に退職した第35代庄之助や、平成25年夏場所限りで土俵を去った第36代庄之助らに懸賞付きの花束をプレゼントしている。

月刊『相撲』平成25年10月号掲載

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