「MGCシリーズ2025-26」の女子最終戦となる3月8日の名古屋ウィメンズマラソンで、田中希実(New Balance)がペースメーカーを務める。中距離を主戦場に世界を転戦する田中の2026年シーズンのビジョンとは……。
自分らしさを取り戻す――トラックの方のお話も伺いたいと思います。“でたらめ”なスケジュールというのは2月に7レースを走っていることでしょうか? ワールド・アスレティックスのサイトのデータでは2月に出場した最多レース数ですが。
田中 レース数というより、レースの間の移動や状況が“でたらめ”のことが多くて。まず(1月後半から2月頭の)アメリカが歴史的といえるような寒さで、滞在していたボストンでは外を走ることができませんでした。10日間、トレッドミルでしか走っていないような状態でしたね。レースとスピード練習の時だけインドアトラックを走るくらいで(アメリカで3レースに出場)。アメリカからアジア室内選手権のために中国の天津に直行しましたが、時差や移動の疲れもあるなかで着いた2日後くらいに1500mを走り、その翌日に3000mを走りました。その時点でスケジュール的にキツかったんですが、中国からオーストラリアに飛んで季節が真逆になったこともきつかったですね。オーストラリアには1週間くらい滞在しましたが、姫路城マラソンのゲストとして日本に帰国する直前に、リンデン・ホール選手(オーストラリア。東京五輪1500m6位)に5000mを走らないか、って誘われて。帰国前日でしたが、元々スピード練習を入れる予定だったので、せっかくだから5000mを走って帰ろうと思って出場したらめちゃくちゃきつかったですね。自分の中ではスッキリしないまま帰国して、姫路城マラソンの5kmをゲストとして走ったんですが、煽られまくってペースが上がってしまったんです。ノーアップで走ったこともあって体がガタガタになった状態で再度、オーストラリアに行きました。すぐにタスマニア(南東に位置する島)に飛んで、800 mと3000mを同じ日に走って、またメルボルンに滞在して、明日(取材は3月3日)日本に帰国します。スケジュールは自分でも、何をしているか分からないくらいです。レース自体は可もなく不可もなくくらいでは走れていますが、レースがスピード練習になっているかどうか、というところで、先ほどスタミナも意識した練習をしていると言いましたけど、ロングに対応できる準備が本当にできているかといったら、そうでもないように思えます。
――そのスケジュールを組んだ理由は?
田中 先に決まっていたスケジュールと、後から決まったスケジュールが混在して、結果的にこうなってしまいました。帰国前日に5000mに出場したのは、その前の1500mが4分06秒39(2月の自己最高記録)とそこそこ走れていたからです。経験上勢いに乗って、その感覚で走ることが自分に合っているというか、自分らしさの1つだと感じています。タスマニアで800 mと3000mに出場したことも、自分らしさを取り戻すためという狙いもありました。今までは海外の選手がやっていることに合わせて連戦などをしてきましたが、狙いを定め過ぎて逆に合わないようなことがあったので、別に何かを狙うとかではなく、やみくもにレースを走ることもしてみたくて。自分らしさを取り戻すこととハードなスケジュール、つまり、やりたいこととやらなければいけないこと、その2つを両立させる感じで1月以降“でたらめ”なことが多くなっています。
変化を続けながら一番良い形を見つけていく――その“でたらめ”なことが、今後につながると考えてのことですよね。
田中 そうですね。やみくもさという部分では自分を取り戻すため、という狙いもあって、メルボルンチームとたまに練習をしても、割と余裕をもってこなせてしまう練習も多くなっています。ダイヤモンドリーグやオリンピックのトップで戦っている選手たちとも戦えるな、と練習では感じられるのですが、レースになったら全然動かないというか。向こうが動いているのか、私が止まっているのか分からないのですが。体とか練習とかではなく、頭のねじを外せるかどうかというところで、彼女たちはレースになると外せると思うんです。私の場合は今戦っているレベルで、今までとは違う外し方を見つけないといけない。そこの部分を模索するために、最近やっていなかった複数種目への挑戦も、原点回帰という意味もあってやっています。スイッチが入るコツが感覚として降りてくるようにするために、ずっと探っています。傍から見たら何をやっているのか分からないようなことをしていますし、自分でもはっきりこのタイム、この順位ということではなく、その時の全力を尽くすことに自分自身が自然と集中していくところを取り戻すために、そういうことをやっています。それはレースでしか得られないことなので、こうすればこれを得られると言語化することは難しいのですが、“でたらめ”なことをあえてしている理由かな、と思います。
――2026年シーズンの目標を、具体的に考えられていますか。
田中 個人的に一番はアルティメット(第1回世界陸上アルティメット選手権。9月にハンガリーのブダペストで開催)なんですが、自分らしさを取り戻すテーマも重要で、その場合はアジア大会(9月に名古屋で開催)で色んな種目に挑戦することになるかもしれません。アジア大会と同じ期間に世界ロードランニング選手権(9月にデンマークのコペンハーゲンで開催)もあって、出場するとしたら1マイルか5kmだと思いますが、選ばれたら世界ロードに出るのも面白いと思っています。どの大会に出場することになっても、自分自身が楽しめる舞台があるシーズンです。どんな道筋になっても、全力を尽くしたことで転がり込んできた舞台に全力を注ぎます。どの大会でこうする、という目標は現時点で特にないのですが、ケガをしたり心が折れたりしなければ、1つ1つ目の前のことをまず大事にしていくことが目標になります。その舞台が来た時にこうしたい、という思いを持てるように、こうしたい、という思いに対して動ける体をつくっておきたい。
――女子やり投の北口榛花(JAL)選手が男子やり投世界記録保持者のヤン・ゼレズニー氏の指導を受けていますし、男子短距離のサニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)選手はコーチを変更しました。田中選手も26年を、新しいことにチャレンジできるシーズンと位置付けていますか。
田中 そうですね。世界選手権やオリンピックの年は、いくら頭で他のことに挑戦したいと思っていても、そこに一極集中することになります。今は本当の意味で真っ白な感じといいますか、どんなことでも描いていい状態が久しぶりに来ていると思います。何かを重荷に感じるのでなく、新しい気持ちで臨めたらいいなと思いますし、今までもずっと変化し続けて来たのでその意味では今まで通りかなと思いますが、その中でも変化を続けながら、一番良い形を見つけていくための1年にしたいな、と思っています。