1月の箱根駅伝2区で1時間05分09秒の区間新記録を樹立したヴィクター・キムタイが、3月18日に4年間を過ごした城西大を卒業。入学の時点では飛び抜けた実力を持つ留学生ではなかったが、大学で力を伸ばし、箱根の歴史に名を刻む選手へと成長を遂げた。その影には常に寄り添い、競技面、生活面で支える五十嵐真悟コーチの姿があった。
スピードはあったが、スタミナ面に課題「やはりさみしいですね。ヴィクターはアスリートとして貪欲で、自分ができないことを必ず克服しようという姿勢を持った選手で、私も指導者としてかつてない経験ができました。彼には本当に感謝していますし、間違いなく、特別な選手でした」
キムタイの卒業を迎え、城西大の五十嵐真悟コーチはやや感傷的な表情で振り返った。
この4年間、キムタイのそばには常に五十嵐コーチの姿があった。練習や試合はもちろん、その範囲は寮や大学内での生活にまで及んだ。キャンパス内のコーチ室にはコンロや鍋などの調理器具一式がそろっており、2限が終了すると、キムタイは決まってここで昼食を取った。
「学食ではケニア人が好むメニューがないので、コーチ室でランチをつくり、ヴィクターはそこで食べていました。最初は私がつくっていましたが、途中から単位を取り終えた4年生が中心となって曜日ごとに担当を決め、彼らがつくってくれるようになったので、決して私だけで彼のサポートをしていたわけではないんですよ」
メニューは茹でたニンジンや玉ねぎ、チキンを入れたパスタにチャパティ(小麦粉をこねて焼いたクレープのような薄いパン)。本人の希望により、4年間、それは変わることはなく、毎日同じものを食べ続けた。
2022年3月、キムタイの来日にあたり、空港で出迎えたのも五十嵐コーチ。2人の関係はここから始まった練習だけでなく、日常生活までサポートし続けた五十嵐コーチにとって、キムタイの箱根2区の区間新記録樹立は感慨深いものだった。入学して最初の5000mは13分38秒43とスピードのあるところを見せたが、2週間後の10000m初レースは29分16秒02。スタミナ面に課題があることは明白で、箱根駅伝でエースの役目を期待できるレベルになかった。
「城西大学ではトラックを重視する方針なので、1年目は本人の希望である5000mをメインに考えつつ、少しずつ練習での距離を伸ばすようにしました。基本的にこちらの提案に対して忠実に取り組む選手だったので、大きな苦労はなかったですが、ときどき、スタミナ系の練習メニューに消極的な反応を示すことがありました。そんなときでも“監督がこれをやるようにと言っている”と言えば、素直に聞いてくれましたし、逆に監督がヴィクターに指示を出すときは“五十嵐がこれをやれと言っている”ということで、やはり受け入れたそうです。そこは私と監督でうまく連携を取りながら、指導をしていきました」
1年目の箱根は3区区間11位に終わり、区間1位と50秒差をつけられた。ただこの結果でキムタイの心に火がつく。冒頭の五十嵐コーチの言葉の通り、自身の弱さを克服すべく、距離対策に意欲的に取り組むようになった。結果として、それがメインとする5000m、10000mにも好影響を与え、その記録も向上していく。2年目は出雲、全日本と区間賞を獲得し、ロードの強さも発揮し始めた。
櫛部静二監督の指導をかみ砕き、丁寧にコミュニケーションを取り続けた五十嵐コーチ。常にキムタイのそばに寄り添い続けた
2区攻略のため低酸素室のトレッドミルで傾斜対策もしかし箱根だけは簡単に攻略できなかった。2年生で走った3区は区間3位と前年の結果を上回ったが、満を持して2区に配された3年目は区間10位。アップダウンを苦手とするキムタイにとって、中盤の権太坂、そして最後の戸塚中継所前に上りのある2区は難しい舞台だった。
ただこの課題克服にも向き合う。低酸素室内でトレッドミルに傾斜をつけ、さらにウェイトジャケットを着ることで負荷を高めた練習に取り組み、上りの走りの改善を図った。箱根対策が本格化した11月以降は16kmのクロスカントリー走、25kmの距離走でスピードを楽に維持する感覚を養うメニューを中心とした。そこには五十嵐コーチの明確な意図があった。
「4年目は5000mで13分11秒77まで記録を伸ばしましたので、冬にスピードを追い込む必要はなく、また距離を徹底的に伸ばす必要もないと考えたのです。また3年目の2区では権太坂に差し掛かる上りで恐怖心が出て、タイムを落としました。今年は“下りで必ず回復するから、上りも勇気を持って走るように”と自信を持たせ、あとは1km2分50秒ペースで行けば区間新ということを伝えて、イーブンで押していくイメージを意識させました」
迎えた最終学年の箱根2区。キムタイは五十嵐コーチの指示どおり、権太坂の下りで早大を突き放し、中大をもかわしてトップに立つ。キムタイにとって駅伝で先頭を走るのは初めての経験。その高揚感も背中を押し、最後までペースが落ちることはなかった。そのレース運びは五十嵐コーチの目にも完璧に映った。
「すべてがうまくいき過ぎて、正直、区間新記録を出したという実感はありません。100回を超える箱根駅伝の歴史のなかで、2区は代々、各大学のエースが走ってきました。その歴史の中でヴィクターがもっとも速い選手になったと考えるとなおさらです」
キムタイが帰省する際にはケニアまで同行し、生まれ育った環境も視察。その経験も五十嵐コーチにとって大きな財産になった卒業後は埼玉医科大学グループへ卒業後、キムタイは城西大からほど近い埼玉医科大学グループで競技を継続する。今後も時折、城西大のグラウンド等を使用しながら、トレーニングを行っていく予定だ。直接、指導することはないが、五十嵐コーチはこれからもその姿を見続けることになる。
「ヴィクターにはこのまま力を伸ばし、ケニア代表になってほしいと思います。本人は引退後、ケニアでトレーニングキャンプをつくりたいと言っていますので、現役の間だけでなく、末永く城西大学とケニアの架け橋になってほしいですね」
キムタイにとっても城西大にとっても意味のある4年間だった。これからもOBとして関係は続いていくが、五十嵐コーチは愛弟子のさらなる飛躍を祈り、新天地へと送り出す。
3月18日の卒業式を終えて。チームは変わるが、2人の絆はこれからも変わらない
プロフィール
Victor Kimutai●2000年10月20日、ケニア生まれ。城西大初の留学生として2022年に来日。三大駅伝は出雲、全日本とも3年連続3区を走り(1年時はチームが不出場)、出雲は3年連続区間賞、全日本は2、3年時に区間賞。4年目の今季、箱根駅伝2区で従来の区間記録を22秒更新し、1時間05分09秒の区間新記録を樹立。卒業後は埼玉医科大学グループへ。