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2026-04-14

【アイスホッケー】2025-2026アジアリーグ・プレーオフを終えて② 若林クリス(東北フリーブレイズ監督)

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今季2年ぶり2度目のアジアリーグ登録にして、いずれも「ベスト6」に輝いているボイバン(右)。1つ目のセンターを務め上げ、セミファイナルでは3ゴール3アシストと、攻撃のキーパーソンになった

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夏の間とシーズン中のトレーニング。
その成果が「11連勝」につながった。

アイスホッケーの「アジアリーグ・プレーオフ2025-2026」が終わった。優勝は、レッドイーグルス北海道。2021年にクラブが発足して初めての戴冠であり、旧・王子イーグルス以来、14シーズンぶりの優勝だった。そのレッドイーグルスに、プレーオフ・セミファイナルで1勝2敗と肉薄したのが、レギュラーリーグ4位の東北フリーブレイズだ。シーズン中は、1月25日のHLアニャン戦から3月1日のスターズ神戸戦まで、実に「11連勝」。プレーオフでは1位通過のレッドイーグルスにあわや…という展開を見せている。今季の戦いについて、若林クリス(わかばやし・くりす)監督に話をうかがった。

――プレーオフの前に、レギュラーリーグについて聞かせてください。1月から3月にかけて、フリーブレイズの「11連勝」がリーグの話題になりました。

若林 昨年の11月末あたりから「チームがよくなってきている」というのを感じました。ただ、それが結果に結びついてこなかった。1月下旬になって、やっと連勝につながった感じです。本音をいえば、もっともっと勝ち続けたかったのですが。

――フリーブレイズは夏の間、厳しいトレーニングを積んできました。その成果がリーグ後半に生きてきたのではないでしょうか。

若林 夏のトレーニングと、実はシーズン中にも継続してやってきたトレーニングがあるんです。フリーブレイズは若いチームですから、まだまだ伸びしろがある。試合の経験と、日常的なトレーニング。それがうまくマッチして、チームの総合力になったと思います。

――レギュラーリーグの最終カード、3月14日、15日のレッドイーグルスとの連戦を終えてそのまま遠征先の苫小牧に残り、プレーオフを戦いました。

若林 選手のコンディションを考えてのことです。通常の遠征であれば日曜日に苫小牧を出るんですが、今回のプレーオフの日程(3月19日・木曜日が第1戦)を考えると、火曜(17日)には八戸を出発しないといけない。それだったら苫小牧で月曜に休みを入れて、火曜と水曜に氷上練習をやってプレーオフを迎えたほうがいいですから。

――プレーオフ直前の練習で、選手と「確認」したことは何だったのでしょうか。

若林 「反則をできるだけ少なくする」ことと「アグレッシブなホッケーをする」ことです。ウチの良さは、60分を通して走り続けること。トレーニングを通してスピードが落ちなくなったことが、一番のポイントですから。逆に警戒したのは、レッドイーグルスのパワープレーです。

――DFのクイン・ウィチャーズ選手が故障でプレーオフには出られませんでした。

若林 FWの鎌田悠希(かまだ・ゆうき)とDFの中舘庸太朗(なかだて・ようたろう)も故障でした。特にクインはチームの中でも大きな存在だったので「厳しいな」とは思ったのですが、他の選手が少しずつそれをカバーして、接戦に持ち込めたと思っています。相手にどうやって「スピードをつけさせないか」。自分たちのゾーン(フリーブレイズのDゾーン)に入らせる前に、レッドイーグルスのスピードを消していく、そこが大事だと思っていました。

――先述したように、プレーオフ直前の3月14日、15日にレッドイーグルスとの2連戦がありました。フリーブレイズは3-5、2-3と連敗しています。

若林 レッドイーグルスとの対戦は、今年の1月以来なかったんです。レッドイーグルスのスピード、プレースタイル。それに慣れておくことが必要だと思いました。プレーオフは短期決戦、しかも「2勝」が必要なわけで、僕は木曜日(第1戦)にどうしても勝ちたかった。(3月14、15日の)2試合は結果的に負けてしまったのですが、プレーオフを考えると「レッドイーグルスのスピードに慣れておく」という意味で、貴重な機会になったと思います。

セミファイナル第2戦では、先制ゴールを挙げた安藤。今季はスペシャルプレーでも起用され、レギュラーリーグは6ゴール6アシストと急成長を遂げた
セミファイナル第2戦では、先制ゴールを挙げた安藤。今季はスペシャルプレーでも起用され、レギュラーリーグは6ゴール6アシストと急成長を遂げた

パックキャリアに「居心地よく」させない。
そこを意識して選手は守ってくれていた。

――セミファイナルを1試合ごとに振り返っていきましょう。3月19日の第1戦。1ピリの序盤からアレクサンダー・ボイバン選手らFW3人が、3分、7分、9分と次々にゴールを決めました。

若林 そういう流れの時があるんですよ。1月に東伏見でレッドイーグルスと勝った試合のように(1月17日。1ピリにレッドイーグルスが1点を先制したあと、6分、10分、12分にフリーブレイズが3連続ゴールを決め、この試合を4-3で勝っている)、ラッシュでポンポンと点が入る試合があるんです。正直に言うと、第1戦は試合の「入り方」が心配でした。プレーオフを経験している選手が、ウチには少なかったですから。でも、思っていた以上に積極的にプレーしてくれました。

――フリーブレイズはDゾーンでのスティックの使い方が見事だったと思います。レッドイーグルスのシュートが、ことごとくジャストミートしていませんでした。

若林 レッドイーグルスはスキルの高い選手が多いので、いかにパックキャリアに「居心地よく」させないか、それが非常に重要だったんです。選手たちはそこを意識して守ってくれていたと思います。

――3-0とリードして、レッドイーグルスは2ピリから成澤優太(なりさわ・ゆうた)選手がGKに入りました。フリーブレイズにとって、これは1ピリに続くチャンスだったのではないでしょうか。成澤選手の自信を失くすことができれば、1試合で2人のゴーリーにダメージを負わせられるわけですから。

若林 その点でいうと、3ピリの早い時間(41分)にFW生江太樹(なまえ・たいき)がゴールを決めたのが大きかったと思います。成澤選手がもし(エンプティ以外で)ゼロで抑えていたら、土曜日の試合で対戦しても「いやだな」と思っていたでしょうから。

――第1戦は5-3と先勝して終わりました。まずは「計算通り」の内容だったと思います。

若林 われわれがセミファイナルを勝ち抜くには、第1戦に勝つことが絶対条件だったと思うんです。まずは1つ目の関門をクリアした。そういう感じでした。

――試合後、選手には何と伝えたのでしょう。

若林 1戦目に勝ったことはすぐ忘れて、「次に向かって進んでいこう」と言いました。リカバリーして、土曜日の第2戦に向けての準備だ、と。

――翌20日・金曜日は「空き日」でした。チームの過ごし方は。

若林 氷上はフリーでした。前日の第1戦に「すべてをかけていた」ので、選手の起用も偏っていたんです。アイスタイムの多かった選手は、リカバリーして翌日に備えてくださいと言いました。

――明けて21日の第2戦。フリーブレイズとしては、レッドイーグルスを起こさないまま連勝したい。そういう狙いだったと思います。

若林 そうですね。試合を重ねれば重ねるほど、強いチームのほうが力を発揮します。ウチは土曜日に、勝って決めないといけない。そう思っていました。

――1ピリ、PPでFW安藤永吉(あんどう・えいきち)選手が先制ゴールを決めます。ただ2ピリから、レッドイーグルスがなりふり構わぬホッケーをしてきました。2ピリのシュート数は、フリーブレイズ7本に対して、レッドイーグルスは17本。レッドイーグルスのDFは、フリーブレイズのFWに対してそれまでギャップで対応していたのに、この2ピリからは、スティックチェックを多用していたように思います。

若林 ウチが詰め切れなかった、下がり気味になったのは感じました。そこで相手にスペースを与えていましたね。

――1ピリはフリーブレイズが1-0だったのが、2ピリを終わって2-2。53分にレッドイーグルスのキャプテン、FW中島彰吾(なかじま・しょうご)選手のPPゴールで、このプレーオフで初めて相手にリードを与えました。フリーブレイズはこのまま負けてしまうのか…。そう思わせておきながら、59分58秒にFW武部虎太朗(たけべ・こたろう)選手のゴールで3-3。勝負はオーバータイムに持ち越しとなりました。

若林 あ、ここで入ったんだという、驚きのシーンでした。流れ、勢い。そういうものがまだウチにある。そう思いました。ただ「第4ピリオド」は2ピリ同様、チェンジが逆になります。まずは冷静になって戦わないといけないし、長い時間、攻められるとよけいに不利になる。事実、レッドイーグルス戦は2ピリがカギなんですよ。プレーを切れる時間は、きちんと切らないといけない。ドレッシングルームで選手にそう話しました。

――延長の75分、レッドイーグルスはFW髙木健太(たかぎ・けんた)選手が決勝のスコアを上げました。

若林 勝負はそんなに甘いものじゃないな、と。勝つか、負けるか、明日は一発勝負。そういう気持ちでした。

 「常夏の男」らしく、夏の陸トレでみっちり鍛えていた猪狩。1つ目のウイングとして、レギュラーリーグ12ゴール18アシストのキャリアハイ、一本立ちのシーズンになった
「常夏の男」らしく、夏の陸トレでみっちり鍛えていた猪狩。1つ目のウイングとして、レギュラーリーグ12ゴール18アシストのキャリアハイ、一本立ちのシーズンになった

実際にプレーオフを「戦う」ことができた。
チームに足りないものがわかったと思う。

 ――3月22日の第3戦。1ピリは0-2、このシリーズで初めてレッドイーグルスに先制されました。

若林 苦しい展開でした。FWの猪狩大智(いがり・だいち)が1ピリの早い段階でいなくなった(負傷退場)。得点能力のある選手がいなくなり、なおかつ2点のビハインド。厳しい状況でした。

――試合は常にレッドイーグルスがリードして、結果は2-5で終わりました。

若林 「1点」が遠かったですね。3試合の内容としては、一番、圧倒されていました。力不足だったと思います。

――1勝2敗で、セミファイナル終了。若林監督は、今回のプレーオフをどのように評価しているのでしょう。

若林 フリーブレイズの選手、ファンの方以外は、正直なところ、レッドイーグルスが圧倒して勝つんじゃないかと思っていたと思うんです。レッドイーグルスは全日本選手権で優勝して、レギュラーリーグでも1位ですから。でも僕は「それでもチャンスはあるし、勝てる」と考えていました。実際、途中まではそのシナリオ通りに物事が進んだんです。ただ「惜しかった」「悔しかった」と言えば簡単ですが、大舞台で勝つことは、それだけすごいことです。そして、それが「できる」ことと「できない」ことの差が大きいんです。「得点する」「止める」じゃなくて、1つひとつのプレーの質であったり、考え方につながってくる。セミファイナルを戦ってそれを強く思いましたし、ファイナルを見ていても、レッドイーグルスとの差を感じました。

――フリーブレイズにとって「アジアリーグのプレーオフ」を戦うのは、2017-2018シーズン以来のことになります。選手がこの経験をどう生かすのか、気になりますね。

若林 実際は7月に集まった時(新チームの始動)だと思うんですが、今回のプレーオフは選手にとって自信になったと思うんです。「夏場に厳しいトレーニングをやったからここまでできた」というのもあるし、来季へのモチベーションにもなる。今まではプレーオフに出られなくて、ただ画面を見ているだけだったのが、今回は自分たちで戦って、足りなかったところ、通用したところがわかってきたと思いますので。

――第1戦、フリーブレイズの連続ゴールを見て、2012-2013シーズンのファイナルを思い出しました。王子イーグルスと1勝1敗で迎えた第3戦、会場は今回と同じ、白鳥アリーナ(当時)です。1ピリの10分で、フリーブレイズは4連続ゴールを挙げて2勝目(スコアは6-3)。新井田に場所を移して、第4戦もフリーブレイズが1-0で勝って、初めて単独で優勝したときのことがよみがえってきたんです。

若林 今回、僕は初めてプレーオフでイーグルスに負けたんです。コクド、そしてフリーブレイズの監督としても、これまでプレーオフでイーグルスに負けたことはなかったんですよ。

――2012-2013年のプレーオフは、フリーブレイズのベンチに若林監督がいて、イーグルスにはFW小川勝也(おがわ・かつや)選手、DFに山下敬史(やました・たかふみ)選手がいました。あのときは、第2戦を1-2で落とした王子が、第3戦でセットを大幅に入れ替えて連敗したのですが、今回は第1戦でレッドイーグルスが敗れて、第2戦、あとのない状況下でも、小川監督はGK以外、セットをいじってこなかった。それも合わせて、興味深いセミファイナルだったと思っているんです。最後の質問なのですが、ここにきて「若林クリス」という横断幕が登場しまして…。

若林 そうなんです。それだけフリーブレイズのことを好きになったファンがいらしたということで、感激ですね。

――しかも、若林のあとに「♡」マーク。並々ならぬ愛情の深さを感じました。

若林 いやあ、たいへんありがたい話です。僕も今年で54歳になるんですが。この年齢になって、ようやくブームが来たのかもしれない、そう思っているんですよ(笑)。

若林クリス わかばやし・くりす
若林クリス わかばやし・くりす
東北フリーブレイズ・監督兼取締役。1972年11月10日生まれ。東京都出身。日本アイスホッケーリーグの国土計画(のちコクド)の監督であるメル若林(若林仁)氏を父に持つ。アメリカ・ミシガン大を卒業し、コクドに入社。当時はカナダ国籍だったため、外国人登録の関係で、1995-1996シーズンのYリーグ(ヤングリーグ=若手教育リーグ。当時の日本リーグ6チームから若手選手を集め、日本リーグや大学・高校チームと対戦)で活躍した。ちなみに日本リーグ出場は「ゼロ」だった。1998年の長野五輪で日本代表スタッフのデイブ・キング氏の通訳を務めたあと、社業(プリンスホテル)を経て、コクドのコーチに。その後、コクドと西武鉄道が1つになった「SEIBUプリンスラビッツ」のコーチ、2007年からは同チーム最後の監督を務める。SEIBUの休部後、2009-2010シーズンからフリーブレイズのヘッドコーチに就任し、2011-2012シーズンからは監督に。2019-2020シーズンから総監督としてチームの運営に回り、2024-2025シーズンから再び監督として指揮をとる。アジアリーグでは、SEIBUの監督として2回、フリーブレイズではヘッドコーチ時代を含めて3回の優勝を果たしている。

山口真一

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