第1戦に負けて、あとのない状況に。それでも「楽しむ」ことを考えていた。アイスホッケーの「アジアリーグ・プレーオフ2025-2026」が終わった。ファイナルは、レギュラーリーグ1位・昨季2位のレッドイーグルス北海道と、レギュラーリーグ2位・昨季までリーグ3連覇中のHLアニャン。4季連続で同じカードとなったが、今回はレッドイーグルスが3連勝、14シーズンぶりの優勝を飾った。ファイナルだけを見ればレッドイーグルスの強さが目立っていたものの、その6日前まで行われていたセミファイナルでは、レギュラーリーグ4位の東北フリーブレイズに2勝1敗の大苦戦。今回のプレーオフの戦いについて、レッドイーグルスのキャプテン・FW中島彰吾(なかじま・しょうご)選手に話を聞いてみた。――中島彰キャプテンのプレーオフ・インタビューも3年連続で、今回、ついに「優勝」のフレーズを使えるようになりました。多忙のなかでのインタビューということで、制限時間は「30分」。ここでは、セミファイナルの話を中心に聞きしたいと思います。
中島彰 よろしくお願いします。
――プレーオフ・セミファイナルが始まる前、キャプテンとしてみんなに話したことはあったのでしょうか。
中島彰 レギュラーリーグ1位が決まっている状態で、最終カードがフリーブレイズ戦でした(3月14日は5-3、15日が3-2で連勝)。「この2試合、セミファイナルにつなげるために勝とう」とは言いましたが、それほど細かくは言っていなかったと思います。
――4日後の3月19日・木曜日。セミファイナル第1戦では、1ピリ9分で3失点、重い立ち上がりでした。
中島彰 チーム全体としてちょっと硬かったですね。試合の「入り」で気持ちが入りすぎていたのか、1人1人が硬くなっていた。チーム全体としても、思い切ったプレーができなかったように思います。焦りとまではいかないですが、「3-0までいっちゃったか…」という感じでした。
――レギュラーリーグで対戦していたフリーブレイズと、何か変化は感じましたか。
中島彰 いわゆる「プレーオフ・ホッケー」というか、リスクをなるべくかけないで、自分たちのゾーンからアウトしていくのは、3試合を通して感じました。プレーオフの戦い方が上手だな、と。僕らもそういうところは見習わなくてはならないし、それをチームで話し合いました。
――特にフリーブレイズのDゾーンでのスティックチェックが執拗だったように思います。
中島彰 5人が一体となってしっかり守っていましたね。僕が思ったのは、ブレークアウトの部分です。簡単に45度につないで、リスクを冒さず、ミドルにつながないで、とにかくゾーンアウトしていく。本当の「プレーオフ・ホッケー」「賢いホッケー」をチーム全体としてしている印象でした。
――フリーブレイズは1つ目のセット、とりわけセンターのアレクサンダー・ボイバン選手のプレーが目立っていました。ポジション的に中島彰選手のトイメンですよね。
中島彰 フリーブレイズのなかでも1つ頭が抜けているくらい、素晴らしい選手でした。彼もフェイスオフは強いし、駆け引きもシーズンを通して面白かった。相手として「嫌」なのと、楽しかったのと…。彼がいることで守りの意識も高くなってきますし、まあ半分半分でしたね。
――結局、第1戦は3-5で「1敗」が記録されます。プレーオフ・セミファイナルは「ベスト・オブ・スリー」。レッドイーグルスは、あとのない状態でした。
中島彰 チーム全体の意見として、「とにかく勝たなきゃいけない」というマインドは捨てようと思ったんです。
――というと…。詳しく聞かせてください。
中島彰 ウチの前評判が高いということは、みんなわかっていたと思うんです。でも、みんなが「勝たなきゃいけない」と思うのではなくて、まずは「楽しむ」こと。この状況を「楽しむ」ことをみんなでやっていこう、と。それは僕だけじゃなくて、チームの声として出ていたんです。正直、第2戦も負けたらシーズンが終わっちゃうんですけど、まあ、本当に死ぬわけじゃないので。
――なるほど。翌日(3月20日)の練習は、どんな内容だったのでしょう。
中島彰 PPとPKの練習をして、そのときにPPのラインを変えたんです。それまでは僕と高橋聖二(FW、たかはし・せいじ)さんが組んでいたんですが、斗威(FW小林斗威、こばやし・とおい)とか磯谷(FW磯谷奏汰、いそがい・そうた)が入ったんです。これがいい結果になったと思います。
パワープレーのキーマンとして、アイスタイムも多かった。今回のプレーオフは、6試合で4ゴール5アシストの「ポイント王」に逆転で勝った、セミファイナルの第2戦。今回のプレーオフの「流れ」をつくれた。――3月21日の第2戦。12分に先制点を奪われ、0-1で1ピリを終えました。「楽しむ」ことが第一義だったとはいえ、本当に心穏やかな状態だったのでしょうか。
中島彰 第1戦のときのような「硬さ」というのは、選手からはあんまり見られなかったんです。だから、そこまでの焦りはなかった。2ピリ以降、必ず取り返せる。そういうマインドでいました。
――「自分を信じ切れる気持ち」というのは、どこに由来していたのでしょう。
中島彰 勝ち負けよりも、1シーズン通して言い続けていたのは、1つ1つのプレーの積み重ねが、「勝ち」か「負け」につながる。いきなり「勝つ」ことはつかめないから、目の前のワンプレー、1つ1つを全力で積み重ねることが、最終的には「勝利につながる」ということです。1年間、それを基本としてやってきたんです。
――2ピリになって、レッドイーグルスはより「厳しいホッケー」になってきましたね。スキルフルなホッケーよりも「体に行け」と。
中島彰 フィジカル的に「フリーブレイズの1つ目のラインが特に危険だ」という話し合いがありました。それが出ていたと思います。
――2ピリを終わって2-2に追いついて、3ピリに入りました。ここでアクシデントが起こりましたね。51分、FW相木隼斗(あいき・はやと)選手の負傷退場です。
中島彰 あの場面は、隼斗自身も上がりたくなかったと思うんです。最後まで試合に出続けたかったはずで、みんな、それを口に出してはいなかったですけど、1人1人、その思いでまとまっていたと思います。
――PPの53分、中島彰選手がGKのグラブサイドを射貫きます。派手なガッツポーズを含めて、印象に残るプレーでした。
中島彰 ああいう場面で、僕は普通ならシュートを打たないんです。だから相手GKも警戒していなかったと思うんですが、相手のDFがスクリーンになってくれた。DFの内側から射貫ければゴールの確率が上がると、自分の中では思っていたんです。僕の眼にはライン(シュートコース)が見えていたので、思い切って打ちました。
――「俺が決めてやる」。そんな心の声が聞こえてきました。
中島彰 いえ、俺が決めてやる…とシュートを打つと、いつも空回りしてしまうんです。そうではなくて、PPの5人の間で誰かが決めればいい。そういう心構えで決めた感じです(笑)。
――ところが59分58秒、フリーブレイズがFW武部虎太朗選手のシュートで同点に追いつきます。
中島彰 まさか(試合終了の)2秒前に追いつかれるとは思わなかったです。僕も(氷の上に)出ていたんですけど、こういう展開なのか…と思いました。
――同点シュートの時に頭をこづかれて、踏んだり蹴ったりの中島彰選手でしたが、第4ピリオドに向けて、どのように頭を切り替えたのでしょう。
中島彰 「焦り」というのは自分の中で見せないようにしていました。それこそ、自分の中で、「もっと楽しむ気持ちで臨もう」と思っていました。
――4ピリの前半はレッドイーグルス、後半になるにしたがって今度はフリーブレイズのペースで試合が進んでいきました。
中島彰 隼斗がいなくなったので、ウチは3つ回しだったんです。そのぶん、エネルギーのコントロールをしないといけなくなった。それと、常にリスクを最低限に抑えることがプレーオフの延長戦なので、その共有をみんなで持っていました。
――75分、髙木健太(たかぎ・けんた)選手が決勝のゴールを決めます。髙木選手がプレーオフでスコアすると、どういうわけか、ビデオジャッジになるイメージがあります。
中島彰 泥くさく決めてくれたと思います。ビデオ判定になって、仮にこれが決まらなくても、「次のフェイスオフの時には、気持ちを切り替えて臨まなくてはいけない」。ベンチでそう話していました。
――第2戦を終えて1勝1敗。チームメイトにはどんな言葉を。
中島彰 僕がフリーブレイズの選手の立場だったら、あそこで同点に追いついて、それ以後は取り切れなかった…メンタル的に「来るだろうな」というのが予想できたんです。流れはウチにある。それを感じていました。
――3月22日の第3戦は、1ピリに2-0。セミファイナルで初めて先制しました。
中島彰 「1勝1敗」でできた自信が、みんなのプレーに出ていた感じがします。いい感じに乗っている部分があった。「よし、普通に行けば大丈夫だ」。そう思いました。
――結局、エンプティを含めて5-2のスコアでファイナルに進むことが決まりました。濃密な3試合だったと思います。
中島彰 僕自身、今回のプレーオフを振り返ってみて、どこがいいきっかけになったかと考えてみたときに、セミファイナル第2戦に延長で勝ったことが大きかったんじゃないかと思っているんです。第2戦に勝ったことで、そのままの勢いで、第3戦にも勝つことができた。その流れで、ファイナルでも勝てた。それは事実だと思うんです。
チームを率いた小川勝也(おがわ・かつや)監督も、14シーズン前の優勝を知るひとりだ。普段は童顔だが、ヒゲがあると年齢が見た目の「10歳増し」。監督として1年目でありながら、数々の修羅場をくぐり抜けてきた 昨季までは自分が出すぎたこともあった。キャプテン3年目、みんなに助けられた。――韓国・安養(あにゃん)でプレーオフ・ファイナルの第1戦・第2戦を戦うのは初めてのことになります。結果は7-4、3-0で2連勝。どんな気持ちで戦ったのでしょう。
中島彰 もちろん2勝したい気持ちで…といいたいところですが、僕の中では「1勝1敗でもいいかな」という考えでいたんです。楽な気持ちじゃないですけど、どうしても2連勝しなければ…というのはなかった。セミファイナルに勝って、いい雰囲気のまま戦えたことが、結果的に2連勝につながったと思います。
――第1戦は開始53秒で、アニャンが先制しました。それを1ピリの17分に同点にして、2ピリの4連続ゴールで突き放してみせた。中島彰選手の言う通り、チームの状態がセミファイナル以降、上がっていると思わせる内容でした。
中島彰 点数は取れているので、先制されても焦りはありませんでした。特にプレーオフを通してよかったのが、PPとPKです(PPの成功率が69.23パーセント。PKの防御率が75パーセント)。特にPPは高い確率で決めることができた。ペナルティをもらったら必ず取れる、必ずウチの流れになる。そういう認識でいました。
――苫小牧に戻って、4月2日、木曜日の第3戦。どんな気持ちで試合に入りましたか。
中島彰 セミファイナルの第1戦は、木曜に負けて、金曜を過ごして、土曜に複雑な気持ちでゲームを迎えたんです。ファイナルでも、ここで決めないとズルズル行ってしまう気持ちがあった。チーム全体が集中力を持って第3戦に臨んでいたと思います。
――2ピリの中盤まで、一時は1-3と劣勢になりましたが、60分を終えて3-3。延長76分に磯谷選手がシュートリバウンドを流し込む「らしい」スコアでサヨナラ勝ちしました。全日本選手権で優勝したのに続き、リーグのファイナルでも優勝を決めた。キャプテンとして、まず何を思ったのでしょう。
中島彰 そうですねえ…。俺は、勝てない選手なんじゃないか。これまで、そういう気持ちが少なからずあったんですよ。
――武修館高校の後輩(GK)も、今回のプレーオフを終えてそう言っていました。
中島彰 先シーズンだったかなあ…。全日本では準決勝で負けることが多かったので、「準決勝は俺が出ないほうがいいんじゃないか」と思ったこともあったんです(2024年の日光大会)。トップリーグに入って、僕は先シーズンで9年目になるのですが、これだけ負け続けているんですから…。決勝に行って、延長で負けたときも、「これ、原因は俺じゃないのか?」と。「俺がいるからチームが勝てない」みたいな思いは、これまでずっと僕の中ではあったんですよ。
――「努力している」のが前提のアスリートの世界では、そういう気持ちになりがちです。それが理由ではないのに、チームが勝てないのは自分のせいじゃないのか、と。
中島彰 ナリさん(GK成澤優太、なりさわ・ゆうた)も、そういう気持ちだったと話してくれたんです。今回、優勝したときに「やっとそういうものから解放された」と本当に喜んでいた。それが本音だと思うんですよ。
――ファイナルの第2戦は、成澤選手の完封勝ちでした。セミファイナル第1戦で、2ピリから登場して、いい守りができたことが大きかったと思うんです。セミファイナルの第1戦、レッドイーグルスは敗れはしましたが、2ピリ以降、エンプティを除けば3-1で成澤選手が勝っていた。シーズン後半はサブに回ることが多かった成澤選手ですが、プレーオフではMVPに輝きました。さすがの精神力ですよ。
中島彰 去年のインタビューで、「2年続けてキャプテンをやってきて、今季はどうするの?」と聞かれたじゃないですか。
――王子時代を含めて、「キャプテンは2年間」という人が多かったですからね。
中島彰 この1年を振り返ってみると、完璧なシーズンだったと思うんです。実は大変なこともあったんですけど、僕だけじゃなくて、周りの選手も率先して、チームの活動とか、雰囲気づくりをやってくれた。1年目、2年目とキャプテンをやってきましたけど、3年目で、選手のみんなに助けられた、そういう感じが強いんです。これまで2年間は、「俺がなんとかしなきゃ」という気持ちが強かった。正直に言うと、自分が「出すぎた」部分もあったんです。でも今季は、みんなに助けてもらいながら、この1年を戦い抜けた。そう思っているんです。
――「やっと勝てた」という点では、ワシスタントも同様だった気がします。4月2日のファイナル第3戦は、木曜のナイトゲームにもかかわらず2176人。ホームタウンの苫小牧に14年ぶりの「春」がやってきました。
中島彰 これまでは、シーズンを負けて終わってしまって、「申し訳ない」気持ちでいっぱいだったんです。今シーズンこそ、選手とワシスタントの人と一緒に喜べる時間をつくりたい。そういう思いが、僕自身にあったんですよ。そして、レギュラーリーグ1位にならなければ、皆さんの目の前で優勝できないという思いがあった。応援してくれる人の前で、この苫小牧で、優勝を決めたかったんです。これまでは安養に行って、相手が優勝を決めるシーンとか、こっちのベンチに向かってガッツポーズをしていたりとか、それが頭の中に残っていた。でも今回、奏汰のゴールで優勝を決めて、ワシスタントの方がすごく喜んでくれていたのを見たときに、これまでの風景を塗り替えらせてくれたんです。ワシスタントが喜ぶ風景を、僕らは見ることができた。それが本当に、うれしかったんですよ。
中島彰吾 なかじま・しょうごレッドイーグルス北海道、センターフォワード、背番号「19」。1993年10月26日生まれ。北海道釧路市出身。鳥取西小、釧路北中、武修館高から中央大学に進み、2016-2017シーズンに日本製紙クレインズ入団。2019-2020シーズンに王子イーグルスに移籍する。アジアリーグでは2019-2020シーズンにポイント王、2022-2023シーズンはアシスト王とポイント王、2024-2025には得点王、今季はアシスト王(40試合で37)に輝いている。中央大学の4年時に、キャプテンとして3冠(関東大学選手権、関東大学リーグ戦、日本学生氷上競技選手権)を記録。クレインズ時代には優勝と縁がなく、イーグルスではコロナ禍に行われたジャパンカップを2020-2021、2021-2022に連覇したものの、これまでアジアリーグ、全日本選手権のタイトルとは無縁だった。レッドイーグルスのキャプテンとして3年目の今季、昨年12月の全日本選手権でチーム7シーズンぶりの優勝、大会の最優秀選手に選ばれたほか、4月に行われたアジアリーグ・プレーオフでは、チーム14年ぶりの優勝を成し遂げている。今回、プレーオフに優勝して、DF山田虎太朗(やまだ・こたろう)選手、FW三田村康平(みたむら・こうへい)選手、高橋選手らベテランが泣き崩れているのを見て、「あの3人、涙もろいんです(笑)」とひとこと。三田村選手と高橋選手は14年前、2011-2012シーズンの優勝を経験し、山田選手はこれが初めてのリーグ制覇だった。「一正さん(DF佐々木一正、ささき・かずまさ)もこれが2回目の優勝だったんです。若い選手がこういう経験をして、伝統をつくっていってもらえばいい。そう言ってベテランが涙を流してくれて、僕自身、うるっと来てしまいました。キャプテンをやっていてよかった。そう思う一瞬でした」