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2026-05-14

【陸上】女子10000mアジア大会選考レースで田中希実が優勝 派遣設定記録突破ならずも勝負に徹した走りで自信

勝負に徹し、優勝を果たした田中(写真/中野英聡)

5月10日、ヤンマースタジアム長居で行われた第13回木南道孝記念。アジア大会選考レースとして行われた女子10000mでは田中希実(豊田自動織機)が優勝。アジア大会派遣設定記録の31分14秒63は突破できなかったものの、勝負に徹し、31分41秒22をマークした。

ラスト5周で3回のペースチェンジ

田中希実(豊田自動織機)がレース終盤で、大きなペースアップとペースダウンを繰り返した。レース終盤の1周毎のスプリットタイムは、以下のように変化した。

~7200m:78秒9
~7600m:78秒8
~8000m:74秒9
~8400m:71秒7
~8800m:78秒5
~9200m:72秒8
~9600m:78秒6
~10000m:66秒0
※以上、手元での計測

7600m付近で樺沢和佳奈(三井住友海上)が後退し、8000mでペースメーカーのアグネス・ムカリ(京セラ)がコースアウト。独走になった後に、田中が上げ下げを繰り返した狙いは何だったのか。父親の田中健智コーチが次のように説明した。

「誰かが残っていることを想定して、残り5周で上げて、下げて、上げて、下げて、最後にスパートする。最初に上げたときに付けなかった選手が、次の周回で追いつきそうになるところでもう一度上げて、心を折るようなレース展開を試しました。練習でもそういう走り方をしています。ふるいにかけて人数を絞っていくことが、(国際大会でも)着順を取るには必要ですから」

田中にとって10000mの代表選考レース出場は、自身初めての経験だった。アジア大会派遣設定記録を破ることができればベストだったが、タイムよりも勝負に勝つことを重視した。それは前週(5月4日)のゴールデンゲームズinのべおかで16分00秒89と、近年の試合では最低タイムで走ってしまったことと関係していた。

勝てなかったらシーズン終了も覚悟していた

 延岡の不調は「心のところ」が大きかったと田中コーチは感じている。

「延岡はレースを走りたくない気持ちが強かったんだと思います。何のために走るのか、分からなくなっていたのでしょう」

五輪と世界選手権がなく、目標を設定しにくいシーズンであるのは確かだろう。逆にいろいろなチャレンジができ、田中は例年以上に多くレースに出場している。3月の名古屋ウィメンズマラソンでは、ペースメーカーとして15kmを走った。

チャレンジの一つとして、日本陸連が4月に3週間の日程で実施したアルバカーキ合宿にも参加した。以前にも宮崎で行われた陸連合宿に参加したことがあった。そのときもレベルの高い設定タイムでメニューをこなしたが、2泊3日と短期間だった。

「田中はずっと一人で練習してきました。今回のような人数で何週間も練習をしたのは初めてです。いろいろな人から刺激をもらい過ぎて、反応し過ぎました。影響を受け過ぎたのだと思います。本人が望んで参加しましたし、影響を受けることは本来良いことなのですが、消化しきれずに迷子になってしまいました。その状態が、帰国してすぐの延岡でした」

田中コーチは客観的な分析ができても、田中自身は4年ぶりに16分台で走ったことを、“はい、そうですね”とは受け容れられない。精神的にかなり混乱したようだ。

「木南記念で1着を取れなかったら、今年のシーズンを終えることも話し合いました。(6月の)日本選手権もやめようか、と。私から言い出したわけではなく、本人がそのくらいの覚悟を持って臨んでいました。だから派遣設定記録があるのは分かっていても、勝負に徹したんだと思います」

独走になっていてもペースチェンジを繰り返したのは、この大会に勝つことを考え続けてきたからだった。

「足元を見失っていたが、地固めができた」

田中自身は延岡のレース前に、どんな精神状態だったのだろう。

「闘争心がどうしても沸いてこなくて、そんな気持ちのままレースに向かったら結果はもちろん出ません。選手としては終わったと、自分で自分のことをあきらめていました」

親子だからできることかもしれないが、コーチと衝突することも年中行事のようになっている。しかし延岡の後は「木南記念に何とか向かう、と自分が言ったときに父が寄り添ってくれました」と明かす。

「何で走るのだろう? という気持ちがまた出てきそうになりましたが、ウソでもいいから本当に走りたいと、心から願うことにしました。延岡は完全に自分を見失ったレースをしましたが、だからこそ改めて、ゴールまでしっかり走り抜けることの大事さを感じました。走らなければならない、ではなく、走りたい。私自身のためにも、父をはじめ一緒に走ってくれる(チームスタッフ)みんなのためにも、今日は走ろうと思って走り切ることができました」

その結果、初の選考レースの10000mで、予定どおりに勝ちきることができた。

「最終目標としている世界で戦うことにはほど遠いのですが、勝てたことは久しぶりに自信になりました。今まで足元を見失っていましたが、0から地固めができて、もう一度スタートラインに立つことができました」

木南記念レース後には日本選手権の、1500mと5000mで「しっかりタイムも優勝も狙って行く」と明言。「今シーズンはアジア大会が私のキャリアにとって重要で、来年以降、世界で戦っていく足掛かりになる」と目標を明確に描き始めた。田中コーチによれば、新設されたアルティメット選手権にも出場意欲を見せているという。

「自分のことを信じて走れる喜びを、また感じて行きたい」

木南記念の走りで田中のメンタルは180度変わった。世界に挑戦する姿を、今季も見せてくれそうだ。

文/寺田辰朗 写真/中野英聡

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