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2019-08-16

【連載 名力士たちの『開眼』】 関脇・益荒雄広生編 パッと咲いてパッと散った…“白い閃光”――[その4]

流れ星が幻想的なのは、あっという間に燃え尽き、また元の真っ暗な夜空に消えていくからだ。益荒雄の力士生活も、ある意味でこの流れ星によく似ている。

※写真上=平成2年名古屋場所、29歳の若さで引退を発表。右は師匠の押尾川親方(元大関大麒麟)
写真:月刊相撲

 果たしてオレは、この大相撲の世界で大成できるのか――。
 周りのライバルたちとはもちろん、自分の心の中に渦巻く不安との闘い。そんな苦しい手探りの中で、「よし、これだっ。こうやったら、オレはこの世界で食っていけるぞ」と確かな手応えを感じ取り、目の前が大きく開ける思いがする一瞬があるはずです。
 一体力士たちは、どうやって暗闇の中で、そのメシのタネを拾ったのか。これは、光を放った名力士たちの物語です。
※平成4~7年『VANVAN相撲界』連載「開眼!! 相撲における[天才]と[閃き]の研究」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

【前回のあらすじ】心技体の3つがかみ合い、昭和61年九州場所に開眼。「白いウルフ」は、その後も快進撃を続け、62年春場所には千代の富士をはじめ2横綱4大関を連破し、初の殊勲賞を受賞した。あっという間に日本で知らない者はいない有名力士に――

劇的な11年間の力士人生

 4度目の入幕からいきなり4場所連続して三賞を獲得し、5場所目には早くも関脇に上り詰めた益荒雄に、この反動が襲ってくるのは早かった。体力に恵まれていない力士が、下手から攻める、というのは、もともと理論的に無理があった。ヒザを初め、体のあちこちにあまりにも負担をかけ過ぎるのである。

 とうとう三賞の連続受賞記録が途切れ、益荒雄の躍進が一息ついた昭和62(1987)秋場所、益荒雄は大乃国戦で右ヒザのじん帯を損傷し、4日目から休場に追い込まれた。翌九州場所は公傷全休である。この3場所後にもう一度右ヒザのじん帯を痛め、またまた2場所連続休場する羽目に。

 要するに、よくなって出てきてはすぐまたどこか痛めて休場する、という生活が繰り返されるようになったのだ。このために十両落ちすることも再々。もっとも、この十両での実力差は以前と違って歴然で、平成2年の初、春には連続優勝し、通算の十両優勝回数は史上最多の「5」を数えている。

 しかし、こうなってはもう旋風の起こしようがない。あの白いウルフブームからわずか3年後の平成2年に入ると、益荒雄の左肩の神経が完全にいかれ、左手につかんだビール瓶がポトッと落ちるようになった。

 痺れて感覚がなくなった上に90キロもあった握力が20キロまで落ちてしまったのである。左差しにこだわり過ぎたために、とうとう肩がパンクしたのだ。

 ――もはやここまで。これ以上やっては益荒雄のイメージを壊すだけ。男らしくない――。

 益荒雄の育った糸田町は“川筋”と呼ばれ、いつまでも地位に連綿とせず、パッと咲いてパッと散る、激しくて潔い生き方が尊ばれる。益荒雄が引退の決意をしたのは、まだこれから一花も二花も咲かせられそうな29歳になったばかりの平成2(1990)年名古屋場所のことだった。

「なるほど年齢的は若かったですけど、もう肉体的にはボロボロ。ビール瓶もちゃんと持てないようなじゃ、相撲どころじゃないでしょう。今でもときどき、あれでよかったのかなあ、と思うときがありますけど、医者に元の体に戻るには1年以上かかる、と宣告されていましたからね。まあ、いいところじゃないですか。力士生活は、全部で11年ちょっと。短かったけど悔いはありません。変わった人生を送りたいと思って入門し、少しは脚光を浴びた時期もありましたから。十分、納得をしていますよ」

 と阿武松親方は我が力士生活を総括する。それは「白いウルフ」というよりも「白い閃光」と呼びたいような劇的な11年間だった。

 そして、この見事な引退から4年後の平成6年10月、阿武松親方は自分の部屋を持ち親方として再び立ち上がろうとしていた。もう一度、今度は師匠として勝負する気になったのだ。33歳の新たな物語の始まりだった。(終)

PROFILE
益荒雄広生◎本名・手島広生。昭和36年6月27日、福岡県田川郡糸田町出身。押尾川部屋。188cm119kg。昭和54年春場所、手島で初土俵。58年名古屋場所、新十両時に益荒雄に改名。60年秋場所新入幕。62年春場所、横綱大関を撃破し旋風を起こす。幕内通算20場所、111勝125敗64休。殊勲賞2回、敢闘賞2回、技能賞1回。平成2年名古屋場所に引退し、年寄錣山を襲名。4年9月に阿武松に名跡変更、6年10月に分家独立し、阿武松部屋を興した。小結若荒雄、阿武咲、幕内大道らを育てる。

『VANVAN相撲界』平成6年11月号掲載

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