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2018-05-17

【連載●世界の事例から学ぶ!】 Swimming Global Watch 第8回 トップ選手がうつ病になったとき、どうする? ~ロンドン五輪女子背泳ぎ2冠・フランクリンの戦い~

 今年の3月後半、オリンピックで23個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプスがアメリカのTV局、CNNとのインタビューで、リオ五輪が行なわれた2016年に、うつ病の症状に悩んでいたことをカミングアウトして周囲を驚かせた。フェルプスは、「米国オリンピック委員会(USOC)は、特に、オリンピック前後のアスリートの精神面への支援を強化すべきだ」と発言している。

※うつ病だったことを公言したフランクリン。再起に向け、最後の戦いに入っている
写真◎Getty Images

 そうした中、米国女子のかつてのエースで、オリンピックで金メダルを5個獲得しているミッシー・フランクリンも、長期にわたる不調の中で、「うつ病と戦ってきた」と公言した。トップ選手がこれまでタブーのように扱われた心の病について、積極的に語り出したのは大きなプラスといえる。その一方でフェルプスがいうオリンピックとの関係性や、競泳競技に特有な現象はあるのかどうか、などわからないことも多い。

 今回は、フランクリンの発言を振り返りながら、「選手とうつ病」について考えてみたい。

天国から地獄

 さて、フランクリンの最近の経緯をまとめると、こうなる。

 これまでオリンピックで5個の金メダルを獲得したフランクリンは、トレーニング拠点をカリフォルニアから名将ジャック・バール率いるジョージア大に移すことを決めた。これについては今年1月12日に、AP通信社が報じていた。

 これまでフランクリンは、カリフォルニア大バークレー校の男子ヘッドコーチ、デイブ・ダーデンのもとでトレーニングしてきたが、2016年リオ五輪以降は、レースに出場していない。そのリオ五輪の個人種目では、200m自由形と200m背泳ぎで準決勝敗退と、周囲の期待を大きく裏切る結果となった。金メダルの獲得も、リレーの予選要員としてのものだ。金メダル4、銅メダル1を獲得した2012年ロンドン五輪と比較すれば、まさに「天国から地獄」のような経験だったに違いない。さらに、2017年の前半には肩の手術を2度、受けており、体調も万全ではなかったことがうかがえる。

 フランクリンがうつ病の診断を受けたのは、リオ五輪のほんの数ヵ月前のことだった。

レース復帰へ向けて最後の挑戦か

 前述のAP通信の記事を読み解くと、フランクリンは、ひとりのコーチが男女混合チームをマネジメントしているチームでトレーニングすることを希望している。ジョージア大には男子個人メドレーのチェース・カリシュや女子背泳ぎのオリビア・スモリーガら、現在の世界的トップ選手がおり、トレーニング相手にも事欠かない。

 しかし、そもそもフランクリンはカリフォルニア大の女子ヘッドコーチ、テリ・マッキーバーから古巣のコロラドスターズのトッド・シュミッツ、そしてカリフォルニア大男子チームのデイブ・ダーデンとコーチを何度も代えてきており、精神面が安定しているのかどうかは、まだわからない。

 期待できるのは、ジョージア大で担当するジャック・バールが米国でも屈指のベテランコーチで、最高レベルに位置する指導者であることだ。フランクリンが13歳で初めてナショナルチームに入ったときに担当コーチになってからの関係で、選手一人ひとりをじっくり見ることで定評がある。

 また、親戚がジョージア州に住んでおり、生活面でのサポートも受けやすいという判断があったようだ。その上、彼女のカリフォルニア大時代の親友や、長年つきあっているボーイフレンドとの距離も近くなる(ボーイフレンドは、ジョージア州に隣接するテネシー州ナッシュビルにいる)。チームメイト、家族、友人のサポートを得ながら、もう一度、体制をつくり直したという感じだろうか。

「しばらく、この判断をするのには時間がかかった。自分の勝手な判断で次々とトレーニング場所を変えているだけではないのかと自問した」とフランクリンはAP通信に語っている。そのうえで、「いや、結論として、そうではない。再度、自分のこれからの道にどのような未来が待っているのかを考え抜き、選択肢の中から選び抜いた判断」と語っている。

自己の内面でどんどん大きくなる不安に対応できず

 このコーナーでは、前回、ケイティ・リデキーがプロ選手になった背景について解説した(米国女子で年齢が若いうちにプロになった選手が成功したケースがないことを解説した)が、フランクリンは、2013年から15年のシーズンにかけて、前述のマッキーバーに師事し、2年間の学生選手としてのキャリアを積んだあとに、プロ選手に転向。それとほぼ同時に競技力の低下が始まった。そのタイミングで、出身クラブのコロラドに戻り、トッド・シュミッツに再び教えを請うた。しかし、この関係もうまくはいかず、リオ五輪後にダーデンにコーチングを依頼したのである。レースに出場しても、自己ベストが出ないことはおろか、タイムがどんどん落ちていく。その上に、肩の手術というケガも重なった。

 プロ選手となった以上、結果が求められるのは当然だが、アマチュア選手から突然、フランクリンに降り注いだスポンサーからのプレッシャーの重さは想像に難くない。ところが、フランクリンは常に前向きな自分を見せようと、メディアのインタビューでは常に明るく振る舞い、自らの内面でどんどん大きくなる不安や心配をできるだけ見せないように努めてきた。それはしばしば痛々しいほどだった。彼女本人は明るく振る舞えば振る舞うほど、心の奥底で「本当の自分の姿」と葛藤する場面が増えてきたのではないか。

欠点を認識し、前へ

 フランクリンが今、自分で認識していることがひとつある。それは、自分の意思を押さえつけてでも、周囲を喜ばせようとしてしまう。つまり、他の人が自分をどう思っているかが気になってしまうことだ。

 この点について、前述のAP通信の記事ではこう話している。

「私が16歳から17歳のときにこれは自分の欠点として認識させられた。周囲全員を常に喜ばし、ハッピーでいてもらうのは不可能ということ」

 フランクリンはいま22歳。欠点がわかってから随分と時間がかかってしまったが、今度こそは復活への道を目指して前進できそうだ。手術をした肩も、週に数回、フィジオセラピスト(理学療法士)の診断を受け、順調な回復を見せているという。

 フランクリンはジョージア大で心理学を専攻し、卒業に必要な単位の獲得まであと1年半くらいかかりそうだ。競技への復帰は今年の全米選手権(カリフォルニア州アーバイン)を想定しており、2020年東京五輪への出場も視野に入れている。

「どん底からの復帰。周囲が復帰を期待しているのはわかるけれど、自分には関係ない。周囲の期待を私はコントロールすることができないから」と話している。

 この言葉どおり、周囲を気にせず、競技に集中するためにも、今度こそ、復活に向けて着実に歩を進める決意だ。

文◎望月秀記

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