アパルトヘイト(人種差別政策)撤廃後、南アフリカの選手として初めてのオリンピック金メダリストであり、女子平泳ぎで50m、100m、200mの全種目で世界記録を同時期に樹立したペネローペ・ヘインズ。1996年アトランタ五輪では女子平泳ぎで100、200mを制し、オリンピック史上唯一、同一大会で女子平泳ぎ2種目を制した選手でもあります。
一方、ロシアのユリア・エフィモアは、ドーピングによる出場停止といったブラックな一面がありつつも、2008年北京五輪からずっと世界の檜舞台に立ち続けています。
動画を見ていただいたらわかりますが、2人は見た目からしてだいぶ特徴的です。ヘインズは常にノーゴーグルでレースしますし、エフィモアはこんがりと日焼けしていて、さらに派手なピンクのキャップに蛍光色の水着で出てきます。2人とも、なかなか衝撃的な出で立ちですので、世界的にファンも多いのです。
水泳不毛地帯であった南アから、米国へ渡って強くなったヘインズ。チェチェン紛争から逃れた先で、父親の指導により泳ぎに目覚めたエフィモア。歩んできた道は違えど、それぞれの人生で大分苦労して、世界のトップに登り詰めたところと、50mから200mまで高いレベルでこなせるところも、共通点と言えるでしょう。
ヘインズは、女子50m平泳ぎが国際水泳連盟公認レースとなってから、1999年に初代世界記録保持者となりました。当時の記録は30秒83でした。
●ヘインズ参考動画
エフィモアは、第6代、第9代の同種目の世界記録保持者で、第9代世界記録保持者となったのが2013年世界選手権。記録は29秒78でした。
●エフィモア 参考動画
ちなみに、エフィモアは短水路で28秒71の世界記録をワールドカップ東京大会で出したのですが、ドーピング違反後の樹立ということで、取り消されています。
50mの動画を比較すると、ヘインズは23ストロークで、ピッチを上げてもウェービングをしっかり取っていて、頭部の沈み込みと浮き上がりがはっきり見てとれます。ヘインズは、100、200mをベースにした泳ぎづくりをしていたせいか、どの距離でもウェーブが大きく、キックの推進力が落ちる前にプルをかき始め、キックで作った速度をプルのフィニッシュまで持続させているように見えます。
対してエフィモアは、50mで28ストロークと、見るからにピッチ依存型、頭部は沈んでいるのかどうかわからない感じです。胸部は沈み込みがあり、ヘインズほどではないですが、上下動の小さいウェービングとなっていますが、とにかくテンポが速い。キックももちろんですが、プルでグイグイ身体を引っ張っているように見えます。きっと、脚をいっさい使わずプルでダッシュして…と言ったら、べらぼうに強いのではないか? と推測されます。
ドーピング騒動があったにせよ、これだけピッチに依存しても50mや100mを押し切れるというのは、やはりエフィモアは筋出力が相当高いと考えられます。
ここまでの観察から端的に彼女らの違いを言うと、200m型の泳ぎをそのまま50mにしたヘインズと、50mのスプリントに特化したエフィモア…という違いが、以下の動画から見てとれます。しかし、昨年の春に、エフィモアは200mで2分20秒の壁をあっさりと破ります。「え? なんで?」ってなるじゃないですか?(笑)ということで、今度は200mを比較してみます。
●ヘインズ 参考動画
スプリットタイムの変化を見ると、以前、北島康介対マイク・バローマンで見たように、中盤から後半に向かってペースが落ちていくのが見てとれます。ストローク数では、序盤から2、3ストロークずつ増えていき、最後はかなり腕のかき込みがキツそうに見え、ストローク数も27と、最初の入りに比べたら大幅に増えているのがわかります。
それでは、エフィモアのレースを見てみましょう。こちらは2017年欧州グランプリ・バルセロナ大会です。
●エフィモア 参考動画
前半の入りが1分9秒48。後半が1分10秒35。平泳ぎの200mでこんなイーブンペースで泳ぐ選手は、藤枝宏(1991年世界選手権代表)くらいしか見たことがありません。ストローク数は13、17、18、27。最後の27はヘインズと同じですが、「なんだ、この人は?」という感じの展開ですよね? 100~ 150mのスプリットタイムが34秒4。ラストは少しバテて、27までストロークを増やしたのに、タイムはわずかに落ちているので、空がきしている感じがしたものの、それでもこんなレースが可能なのか? と思わせるほどのインパクトを残しました。
ちょうど2000年シドニー五輪前に、ヘインズが世界新を出したコモンウエルスゲーム(英連邦大会)のビデオを見る機会がありましたが、キックがかなり強いなあ…という印象がありました。シドニー五輪で解説に入る前に、彼女の練習法などをいろいろと調べていたら、やはりキックの練習のバリエーションがかなり豊富だったことを覚えています。3キック・1スイム、2キック・1スイム、スイムをサーキットトレーニングのように何ラウンドも周って、キック強化をしていたようです。
また、仰向けで潜って平泳ぎを泳ぐようなドリルの動画も見た記憶があります。キックの引きつけで股関節をあまり曲げない(膝を前に出さない)のは、そんなドリルから会得していったのだと思います。ちょうど、バローマン・ビデオが流行った数年後の時期ですので、さまざまなコーチがアイデアを出し合って、新しい平泳ぎを模索していた時代。平泳ぎで女子選手唯一の五輪二冠を取ったヘインズの泳ぎは、間違いなくその時代の最高傑作でした。
エフィモアがデビューした北京五輪では、いわゆる「低抵抗水着」開発合戦のころでしたので、「どんな泳ぎ?」よりも「どんな水着?」という会話があちこちで聞かれるようになりました。しかしその後のFINAルール改定で、低抵抗の恩恵がなくなると、世界の潮流は「増えた抵抗に打ち勝つには、パワーが必要だ」となります。特に平泳ぎは距離の専門化が進み、ヘインズや北島康介のように、100mも200mも通用する泳ぎというのは、近年では難しくなっています。
そこで、エフィモアです。彼女の良績は2009年ローマ世界選手権の50m(金メダル)に始まりますが、200mは北京五輪の5位で世界デビューしてから、世界大会で勝つまでに5年もかかっているのです。恐らく、ヘインズのようにキックの加速をプルで持続する感じではなく、エフィモアは腕でグイグイ引っ張るため、プルの高出力での疲労耐性をつけるのが、相当困難だったのではないか? と思えるのです。それが故のドーピングだったのかもしれません。
しかし、違反によるペナルティが明けて以降、彼女はブーイングにもめげずに泳ぎ続けてきた過程で、「前半はより少ないストローク数で、後半にギアチェンジ」というペース配分を、何かの機会に試しながら、会得していったのでしょう。ひょっとしたら、同じロシアのリロフの泳ぎ(スイミング・マガジン2018年1月号に掲載)を参考にしたのかもしれませんね。まかり間違って、私の解説をロシア語に訳して参考にした…とかなると相当うれしいのですが(笑)。
今は、南アの選手を米国に留学させるための奨学金制度を作り、後輩のバックアップをしているヘインズ。自らの手で育てた若手を、エフィモアたちにぶつけるシーンが、いつか見てみたいものです。(文中敬称略)
文◎野口智博(日本大学文理学部教授)
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