日頃はゴールドジムアドバンストレーナーとしてトレーニング指導に従事している、ボディビルダーの井上浩選手。「いかに筋肉をインプルーブさせ、より完璧な状態でステージに立つか」という飽くなき探求心と向上心が、ボディビルダー・井上浩を支えている。そんな井上選手のトレーニング哲学の根幹を成しているのが、いわずと知れた「IH式トレーニング」である。その詳細について、ご紹介いただいた(取材協力/日本体育大学 岡田隆准教授)
※本稿は『トレーニングマガジン』Vol.51~52に掲載の「トップビルダーのカラダづくり大解剖」を再構成したものです。
背中のトレーニングは、プル系種目とロウ系種目とに大別することができる。一般的に、前者は背中の広がりを、後者は背中の厚みをつけることを目的とする。
それは、筋線維の走行方向とトレーニング動作から説明が可能だと井上選手は話す。
「筋肉とは筋線維の束であり、筋線維はそれぞれ方向性をもっています。例えば広背筋は、第5胸椎~第5腰椎の棘突起、仙骨、腸骨稜、そして第9~12肋骨を起始とし、下部は上外側方向に、上部は水平に(外側方向に)向かって走行し、上腕骨の上部小結節稜に停止します。
下の図を見てください。
プルダウンの場合、上に引っ張り上げられているものを引き下げていく動作となるため、横方向に走っているものよりも、上下方向に走っている筋線維のほうに優位性があることになります。
上外側方向に走る筋肉が肥大すれば、アウトラインに影響を及ぼす。背中の広がりをつける種目といわれるのは、このためなのです。
一方のロウイングは、基本的に前方に引っ張られているものを後方に引き返そうとする種目です。肩甲骨ごと腕が前方に引っ張られているため、水平方向に走る菱形筋や僧帽筋が関与し、厚みをつける種目ということになります」
通常のプルダウンの動きについて、もう少し詳しく見ていこう。
プルダウンの引き始めは、腕を下ろそうとする動作のため、前述の通り上外側方向に走る筋線維が主役となる(下図のAの筋群)。ところが、筋収縮は停止から起始に向かって収縮パルスが流れていくため、初動においては腕に近いほう(停止側)の筋線維が仕事をしていることとなる。
プルダウンの動きが進むと、腕の位置が下がってくるため、主役となる筋線維の走行方向はやや水平方向に近くなり、下図のBの筋群へとバトンタッチされ、筋収縮は起始と停止の中間あたりまで進む。
さらに動きが進んだ終動段階では、水平方向に走る筋線維が優位になる(下図のCの筋群)。筋肉は収縮し切るため、より肋骨に近いほう(起始側)に刺激が入るのだ。
これらのことから、プルダウンでは上下方向に走っている筋線維のほうに優位性があるとされながら、実際に仕事をするのは広背筋上部のみということになる。
下から立ち上がるような広背筋をつくりたくても、また、広背筋下部の起始部も肥大する可能性は十分あるにもかかわらず、一般的なプルダウンでは難しいということだ。
いかにして広背筋下部を使うかを考えたときに、井上選手はリバースクランチに着想を得た。
「起始・停止の概念というのは、基本的に体の内側を起始、外側を停止というのですが、もっというと動かされる側が停止、ベースとなるほうが起始といえます。
腹直筋の場合、クランチやシットアップでは、脚を固定して上体を動かしますから、恥骨が起始で上体が停止となり、停止から起始に向かって収縮していきます。
これに対してリバースクランチは、上体を固定して脚を動かしますから、起始・停止の概念が逆転します。ここまで説明できるかどうかは別にして、腹筋下部をターゲットとしてリバースクランチを行っているのは、このためです。
つまり、動かされる側から筋肉が収縮を始めるのであれば、広背筋下部においても、起始である腸骨(骨盤)を上腕に接近させてやればいいと考えたのです」
ワンハンドでプルダウンを行えば、脊柱を側屈させることができ、骨盤と上腕の間のストロークを最大にすることができる。
右手で引っ張る場合、左に側屈すれば骨盤と上腕は最大に離れ、右に側屈すればそれらは最大接近する。骨盤の動きと上腕の動きを連動させ、骨盤側から歩み寄ることで、筋収縮が両サイドから起こり、双方から収縮するというわけだ。
これは、両手で行う通常のプルダウンでは再現できない。
「上腕を引き下げて骨盤に寄せていっても、下部は使われませんが、上腕に骨盤を寄せていく形をとると、使わないところを使うこととなります。
実際にやってみると、下部広背筋の立ち上がりにヒットしている感覚を得ることができます」
なお、IH式ワンハンドプルダウンは、フリーモーションのマシンがあると実施しやすい。ジムにフリーモーションがない場合には、一般的なラットプルダウンのマシンにDグリップなどをつけて行うとよいとのこと。
ただし、斜め方向に引くことから、ベルトタイプのものだと脱線してしまうため、ワイヤー式がオススメだ。
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