今春のセンバツ、大分高が3度目の甲子園(夏2度、春1度)にして初勝利を挙げた。16年夏の甲子園で敗れて以降、「甲子園で勝つ」ことを目標に据えて新たに取り入れて継続してきたのが「一本歯ゲタ」の日常利用だ。一風変わった取り組みの狙いと効果を紹介する。
「文武兼備」――学業にもクラブ活動にも全力投球するのが大分高のモットー。多くのJリーガーを輩出しているサッカー部に代表される運動部はゴルフ部、ハンドボール部などが全国レベルの実力を持ち、活躍している。文化部の活動も盛んだ。
写真/ベースボール・クリニック
野球部は学校創立の1952年に創部。84年から副部長、部長、監督を歴任し、野球部の指導に尽力してきた佐野徹前監督の下、春夏通じて初めて甲子園に出場したのが2014年のこと。それまで九州大会に10度出場する力を持ちながら、たどり着けなかった聖地を花道に前監督は勇退した。現在、指導体制は松尾篤監督、廣瀬茂部長に引き継がれている。
前監督から託された命題は全国での勝利だ。14年夏は1回戦で日本文理高(新潟)に2対5で敗退。新体制で挑んだ16年夏も中京(現・中京学院大中京、岐阜)に4対12と敗れた。「完全に力負け。選手は力を出し切ってくれたと思いますが、相手のすごさに感心するしかなかった」(松尾監督)。全国レベルとの差を埋めるための方策が必要だった。
その一つが全部員が学校生活で履いている一本下駄だ。ほかの生徒も履くスリッパにゴムで装着するタイプのもので、選手たちはおぼつかない足元で授業間の教室の移動、清掃などの日常を送っている。取り入れたのはトレーニング、コンディショニングの一切を任される廣瀬部長。「これまで抽象的で概念が選手によって異なっていた『軸』の解釈が明らかになった感じがあります。どこに軸があるのか意識せずとも、一本歯下駄を履くことでそれが自然と身についているようです」。そう効果を実感している。
きっかけは「人間は自然な動きができる体の使い方が4種類存在する」という4スタンス理論だった。そして各自の身体特性による適した体の使い方を身につけることでパフォーマンスアップが期待できるというもの。廣瀬部長は14年、初めて甲子園に出場した足で理論を唱える廣戸聡一氏の講演に足を運び、感銘を受けた。「選手たちに一度、廣戸さんの話を聞かせたかったんです」。その希望が実現したのが16年12月だった。
「そのとき、4スタンスを理解する前段として、廣戸さんは『軸』の話をされました。軸は両足を指2本分空けて立ったときに土踏まずが描く円の上に『ヒザ-仙骨-胸骨-鎖骨』が円柱状に並んで成り立つものだそうです」
動きは正しい立位姿勢を取ることから始まる。運動につながる正しい立位姿勢とは次の動作にスムーズに自然に移れる状態であることが肝。「普通に立つとカカト重心になりがちですが、その状態だと横から軽く押されると体勢が簡単に崩れてしまいます。しかし、円柱の『軸』で立つと同じように押されても、体勢が崩れにくいんです」。すなわち、抵抗に強く、全身が可動しやすい状態だ。
4スタンス理論はこの「軸」の安定を得るところから発展する。動きの中で軸を確実にコントロールすることが身体能力を存分に発揮するためのキーポイントであると理解した廣瀬部長が目をつけたのが一本歯下駄だった。
「廣戸さんの話を聞いて、選手たちも『軸』の正体が何であるかは理解したと思うんです。でも、それを動作の中で無意識にできるようになることが重要で、それが難しいことなんです。選手一人ひとりに『軸が崩れているよ』などと、その都度、言葉掛けを行うとキリがありません。自然と身につけられるものはないかと探していたときに出合ったのがコレでした」
一本歯が土踏まず部分に来るように装着し、立位姿勢を取ろうとすれば自然と軸を構成する5つの部分が地面と垂直に並ぶことに目をつけた。歩くときも土踏まずの上に重心が乗ってから次の1歩を踏み出す感覚が得られる。4スタンス理論では動きに伴い、軸を構成する5点のうち3カ所を並べて固定し、残りの2か所を可動させてパフォーマンスにつなげるのだが、その3点の並べ方によりタイプが4つに分かれる。しかし逆をたどれば、軸を確実につなげるようになれば、自然と自分のタイプに適合した動きになるということ。「一本下駄ですべてが解決しそう」と、廣瀬部長はひらめいた。
全部員が一本歯下駄を履くことで「手足の動きがバラバラな走り方をしていた選手のフォームが変わってきた」と松尾監督も変化を感じることが増えた。走動作で前進する意識が強いあまりに過度な前傾姿勢になり、足が体の後方で大きく回転することでスピードをロスしてしまっている選手は少なくない。しかし、一本歯下駄を装着して日常を過ごす選手たちは、1歩1歩、土踏まずで地面をとらえ、その真上に重心を乗せながら進んでいく。
「陸上競技の選手は空き缶を土踏まずでつぶすように地面をとらえると言いますが、その感覚が分かってきたようです。走塁がやはり目に見えて変わってきて、スムーズにスタートが切れるようになり、トップスピードにも早く乗れるようになったと感じます」(廣瀬部長)。
例えば、一本下駄のまま行うスクワットは不安定な状態でかなりの難易度と負荷を伴うが、昨今、指導者の声に「生活様式が変わり、股関節が硬い選手が増えた」と聞かれる中で、股関節の深部まで十分なストレッチを効かすこともできている。また、適切な重心位置で腰を落とす動作が身につくため、スクワットのフォームも改善された。「『ヒザを出さない』『背中を曲げない』といった指導をしなくてもよくなった上、適切な動きでトレーニングできているからバランスが良い筋肉ができてきつつある」のもメリットの一つだ。
「一番は選手が自分の体を思いどおりに動かせるようになること。それができないことは悔しいし、つらい。その状態ではどんなに打ち方、投げ方、走り方を伝えても意味を為しません。考えながらのプレーは、その時点で制限がかかっているということ。無心でプレーできるようになってもらいたい」
甲子園初戦でのハツラツとしたプレーぶりはその成果の表れだ。
※ベースボール・クリニック2017年5月号掲載記事を再編
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