東京五輪マラソン代表は、内定選手と並び補欠選手も選ばれた。そのうちのひとりが橋本崚(GMOインターネットグループ)だ。大舞台に立つ可能性は低くても、日の丸の誇りを胸に走り続けていく。

写真上=MGCでは30km以降も粘りを見せた橋本だが、「上位3人とは全く勝負にならなかった」と振り返る
撮影/JMPA

 昨年9月の東京五輪マラソン代表選考レース、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で5位に入った橋本崚(GMOインターネットグループ)。今年3月、男女計6名のオリンピック代表内定選手が出そろう一方、正式に「代表候補選手(補欠)」に決まったが、直後に東京五輪の開催延期が発表された。ただでさえ補欠という待つ立場。しかし橋本は気持ちを切り替え、代表候補としてのプライドを胸に、ひたすら強化に励んでいる。

多くのことを学んだMGC後の半年間

 MGCでは終盤まで先頭集団につき39km付近で仕掛けた。狙い通りの展開だったがスパートは一瞬で吸収され、5位でレースを終えた。

「上位3人とは全く勝負にならなかった。4位にも入れず悔しい」

 この結果で4位、5位に与えられる補欠の可能性を手にしたが、レース後の橋本はただ「力の差」を口にしていた。

 代表3枠目を懸けたMGCファイナルチャレンジ(昨年12月の福岡国際マラソン、3月の東京マラソン、びわ湖毎日マラソン)への挑戦はすぐに決められなかった。ここまでの1年で、3本のマラソンを走っていたことに加え、昨年11月の東日本実業団駅伝で失速するなど、疲労からパフォーマンスが落ちていたためだ。

「あの状態から派遣設定記録2時間5分49秒の突破まで強化を進めるのは難しいと判断しました」と花田勝彦監督は一度、この冬のマラソン参戦の見送りを決めている。事実、橋本のコンディションは上がらず、1月の全日本実業団駅伝も体調不良でメンバー入りしていない。MGCで見えた課題を克服したいという強い思いを持ちながらも、気持ちとコンディションがかみ合わない時間が続いていた。

 だが、直後に状況が一変する。1月に入って状態が急激に上がり、方針を転換。東京マラソンへの出場を決断する。準備の過程で挑んだ2月の丸亀ハーフでは61分56秒の自己ベストで好調さをうかがわせたが、直後に右脚ハムストリングを痛め、結果的に欠場となった。この半年間、橋本の状態は目まぐるしく変わっていた。

「休む大切さや目標を急に変えるリスクなど、ランナーとしていろいろ学びました。結果的には東京に出ないで良かったと思いますが、半年間、つらかったですね」と橋本は殊勝に振り返る。

 故障は1週間程度で回復した。東京五輪の延期が決まり、補欠としての準備からは一度、解放され、この半年間にできなかった強化を開始している。

 


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