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2020-11-27

【連載 名力士ライバル列伝】ライバル、琴風―朝潮

昭和58年初場所、1敗の大関琴風と3横綱を総ナメにした関脇朝潮による優勝決定戦。初の決定戦をものにした琴風はV2、朝潮は3度目の挑戦でまたも失敗に終わったが、翌春場所後にようやく大関を手中に

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大関不在の昭和56年秋場所後に先陣を切って琴風が昇進すると58年に若嶋津、朝潮、北天佑と続き、約2年も続いた4大関時代。横綱北の湖から、横綱千代の富士の最強時代への移行期に本場所を盛り上げ、賜盃を手にしていった4人の名大関たちのライバル対決を振り返る。
※平成28~30年発行『名力士風雲録』連載「ライバル列伝」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

地獄から這い上がった男と
マイペースの大物食い

相撲経験なしの中学2年14歳、2年連続学生&アマ横綱としてマスコミの脚光を浴びる大卒22歳。7年の開きがあるが、琴風と朝潮のスタート地点は、“雑草”と“エリート”の違いがあった。

朝潮(当時長岡)がデビューした昭和53(1978)年春場所、琴風はすでに20歳で新関脇を経験していたが、朝潮が新入幕した同年九州場所で左ヒザを負傷、のち幕下まで陥落した。スレ違った2人の初対決は、55年初場所千秋楽に実現。再起から幕内に返り咲いた琴風が一方的に寄り切り、以降3連勝。当時は学生相撲出身何するものぞ、の空気も強く、プロの世界では7年兄弟子の琴風が“雑草”の強さを見せつけたのだ。

相撲のタイプは違えど、ともに重量級。昭和55年夏場所は史上初の同時殊勲賞受賞、23歳と24歳は毎場所三賞を争い、「大関候補のライバル」と称されるようになったが、琴風が再びヒザを負傷すると、朝潮も大関取り場所で負け越し。その後も殊勲賞常連の大物食いながら取りこぼしも多い、周囲がやきもきする土俵が続いた。

朝潮がモタつくなか、再び甦った琴風は初優勝と大関を先につかみ取る。58年初場所には決定戦で朝潮を降しV2。逆に翌春場所は、朝潮が琴風に雪辱し綱取りを阻止するとともに、“6度目の正直”で大関の座をつかんだ。最後の対戦は朝潮が初の賜盃を手にした60年春場所。同年に琴風が引退してからも朝潮は3年近く現役を続けたが、二度と賜盃には届かなかった。軍配は“雑草の意地”に挙がったといえようか。

『名力士風雲録』第9号 琴風 朝潮 若嶋津 北天佑掲載





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