close

2020-12-28

【陸上】東京五輪女子5000m代表、田中希実が抱えていた選考会までの葛藤

葛藤を乗り越え、東京五輪への切符をつかんだ田中 写真/中野英聡(陸上競技マガジン)

全ての画像を見る
日本選手権・長距離(12月4日)女子5000mに15分05秒65で優勝した田中希実(豊田自動織機TC)。狙いどおりに東京五輪代表内定を決めたが、レースに向けての練習では不安にさいなまれ続けていたという。

 今季の結果だけを追えば、順調に見えるのかもしれない。田中が7月に3000m、8月に1500mで日本新記録を樹立したときには、高いレベルの練習メニューを完璧にこなせていた。だが日本選手権・長距離は苦手な冬期での開催ということもあり、予定どおりにメニューをこなせなかった。

 メニューを何回も変更した経緯やレース前の不安な心境を、父親でもある田中健智コーチも同席した場で田中が正直に語ってくれた。

2人の葛藤がぶつかり合って生まれたレース展開

――大会1カ月前の新潟での大会は不安を抱えて走っていました。この1カ月間、その不安をどうコントロールできたのですか。

田中 コントロールできない自分が多かったと思います。1回1回の練習で一喜一憂していました。今日は少し良くできた、でも、次はできない。できた練習も、まあまあできたかな、くらい。気持ちの浮き沈みを繰り返していました。

――スタートラインに立ったときは、絶対に勝てると思えなかった?

田中 ワクワク感や闘争心はなかったです。スタート前に負けていた精神状態でした。

――その状態で、勝機をどう見出したのですか。

田中 廣中さん(璃梨佳・JP日本郵政グループ)のハイペースを予想していましたが、思ったよりスローペースになったことで気持ちに余裕が生まれて、レース展開を考えながら走るゆとりが生まれました。

――もう少し速くなることを想定した練習をしてきていたのですか。

田中 その点を意識した練習ばかりしてきたのですが、半信半疑で確信を持てませんでした。そういう練習が続いていたので不安でした。

――ラスト2000mは5分50秒を切っています。昨年のドーハ世界選手権から目安としてきたタイムで上がったことは収穫では?

田中 はい。そこまでラストを上げられるとは思っていませんでしたので、その点は大きな収穫でした。逆に廣中さんがそのくらいのペースで前半2000mを入るんじゃないかと身構えていましたので、展開次第で(勝敗も)どうなっていたか分かりません。廣中さんも葛藤があってのことだったと思うんです。2人の葛藤がぶつかり合った結果、あのレースになったんだと思っています。

――そのなかで学んだことは?

田中 ずっと1人で練習してきて、タイムとにらめっこをするように走ってきましたが、日本選手権では久しぶりに1周1周のタイムとか、今は何周目とか考えずに走ることができました。そういった気持ちを大事にしていかないといけないんだな、と思いました。

不安を抱える状態のなか
「逃げたくない。棄権は絶対にしない」


――それだけ不安を抱えている状態で、田中コーチからはどんなアプローチをされたのですか。

田中コーチ 正直なところ、日本選手権の1週間前には「棄権しようか」という話も出ていました。自分に負けてしまっている精神状態で出てもどうかと思いましたし、負け癖がついてもよくありません。冬場は周りからも動きが悪くなると言われて、本人も心の奥底で気にしてしまっています。12月に廣中さんや他の強い選手と対峙したとき、自分のパフォーマンスを発揮できないんじゃないかという不安が、練習を進めるうちに雪だるま式に大きくなっていました。一度リセットして6月に照準を切り替えた方がいいんじゃないか、と。

――それでも出場に踏み切ったのは?

田中コーチ 本人が「逃げたくない。棄権は絶対にしない」というので、今の状態でぶつかっていくしかない、と出場を決めました。招集所に送り出すときは「人じゃないよ、自分に勝つことが今日のテーマだから」と伝えました。人を意識しすぎると、人のペースに飲み込まれることになります。そこで自分らしい走りをするには、自分に向き合うこと、弱い自分を超えること。今回は強かった自分と対比してしまう弱い自分が出てきていたので、それに勝たないと今後も同じことを繰り返してしまいます。「自分に勝ってこい」と送り出しました。

――練習に集中できない原因があったのでしょうか。

田中コーチ 集中できないというより、集中しすぎて空回りしていました。私から見たら、本人ができなかったという練習も、去年のレベルを上回っていました。見えない敵をどんどん膨らませてしまっていたんです。今回の練習でも力を出せる日もありましたし、はまれば今の方が強いんだよと言い続けたのですが、本人はそれを完全にコントロールできないので、最後まで不安しか口にしませんでした。

――具体的には練習のタイムが出なかった、スピードを出せなかった、ということでしょうか。

田中 気温が下がれば夏よりスピードが落ちるのも当たり前ですし、去年の冬より落ちているわけではないことも分かっていました。でも(今年の夏に)トップのスピードを知ったので、嫌な感触がずっとありました。悪くても勝つのが強さだと言い聞かせましたが、嫌な感触がずっと引っかかっていました。

――日本選手権出場に前向きになれたのは、どのタイミングでしたか?

田中 前向きになったというより、「思い切って負けた方がいい」と話していました。戦わずして負けることが一番良くない、何も生まれないと思ったんです。最後まで自分に勝ち切れないで変なレースをして負けてしまったとしても、それはそれで現実を突きつけられるので、今の力を知るという意味で出ようと思いました。

――コーチからスタート前に「自分に勝ってこい」と言われたときは?

田中 人に言われなくても自分でも分かっていたことで、最後に父からそういう言葉をもらったときも、頭では分かっても顔は上げられませんでした。自分に勝てていたのか、不安な気持ちを乗りこえられたのか、分かりません。


日本選手権ではラスト250mから得意のスパートで廣中を抑え、勝利をもぎ取った 写真/中野英聡(陸上競技マガジン)

発揮された1人で走れる強さ

――7月の3000m、8月の1500mの日本記録のときは、田中コーチが考案されたレースに向けたメニューがありました。今回はどんなメニューに取り組みましたか。

田中コーチ タイムトライアルはよく入れるようにしました。レースさながらの走りを練習で行うために4000mという距離にこだわりました。4000mをずっと押して行くイメージです。

――以前お話しになっていた、休む区間を設けなくてもスパートする、という目的ですか。

田中コーチ そこはずっと取り組んできたのですが、やっぱりきつくて。70秒、71秒(※)で押して行って、最後も71秒でしか上がれなかったり。その辺で本人も葛藤があったのでしょう。

※1周71秒平均で走り切れば5000m14分47秒5。日本記録は14分53秒22

田中 3回くらい4000mタイムトライアルを入れましたが、タイムがどんどん悪くなっていきました。天候なども違うので内容は同じではありませんが、タイムトライアルという名目でやっていますから、タイムを意識してしまいます。内容が違ってもタイムがどんどん悪くなっていた事実があったし、ラストも上がっていません。

――ラスト1周は何秒まで上げたかったのですか。

田中 65秒までは上げたいと思っていました。

――その練習が悪いなりに日本選手権のレースに生きた、というところもありましたか。

田中 その練習をずっと1人でやっていたからこそ、レースで人と走ったときにタイムや周回を気にせずに走れたのかもしれません。1人で走るのと人と走るのでは違うな、と分かったことが収穫です。

――1500mと3000mで快走を続けていた頃は、1人で走ることも人と走ることも、気にしていなかった。

田中 そうかもしれません。5000mの距離への不安が結構あったかもしれません。1500m、3000mまでは1人でも行けるというか、逆に人がいない方が走れるというか。5000mは少し別ものですね。中だるみが出てくるので、いかに中だるみをなくすか。それを1人でやるのは本当にキツくて。

――東京五輪に向けても、4000mタイムトライアルのようなメニューをやっていきますか。

田中コーチ そこは相談しながらになりますが、オリンピックは海外勢とのレースになります。今回は廣中さんや新谷さん(仁美・積水化学/日本選手権女子10000mを日本新記録&優勝で代表内定)のスタイルへの対応を意識した結果、平均ペースで押して行きながら、ラストも上げる取り組みをしてきました。今後、海外勢への対応を意識すると、少し違った練習になるのかな、と思っています。変化をつけながら、休みの部分をトップスピードに近づける。タイムが落ちるところのレベルを上げていく取り組みになりそうです。

女子長距離界の時代を変える原動力に

――レース後のインタビューで時代が変わっていく、という言葉も出ていました。

田中 廣中さんにとっても私にとっても、考え方のターニングポイントになると感じました。競技に対する考え方が、お互いが存在することで、どんどん進歩していっています。それが萩谷さん(楓・エディオン)や他のみんなにも広がっていって、レベルが上がっています。そういうことで時代が変わっていくのかな、と思いました。

――東京五輪代表を決めた田中さんと新谷さん、それに廣中さんたちが刺激し合って女子の長距離界が変わっていく。

田中 廣中さんがいてくれたおかげで、あれだけ速い上がりができました。廣中さんもラスト3000mが(8分50秒と)自己記録より速くて、そこまで行くと考えていなかったと思うんです。お互いに常識を、無意識に突破していたところがあったのではないでしょうか。ただただ相手に勝ちたい思いで、そういう結果が出る。みんなで高め合えるのはいいことです。

――日本選手権でもフィニッシュして意識がもうろうとするまで、自分を追い込んでいました。

田中 走っている最中は勝ちたい気持ちが先行しています。それで失敗することもあります。今回も仕掛けが早かったかな、という反省がありますが、相手がいることなので自分のタイミングじゃないところでペースを上げないといけなかったり、上げてしまったりすることがあります。逆に1500mと3000mの日本記録のときは、自分のペースで進められたので、倒れませんでした。相手がいることで自分の限界を超えられるのだと思います。

――限界を超えることに対しての不安はないのですか。

田中 それは毎回あります。日本選手権では自分の調子が悪いことへの不安にプラスして、限界に挑まないといけない怖さがありました。相手がどんなレースをしてくるかも分かりませんし、どんな展開になっても今の自分の調子では厳しくなる。決死の覚悟で行く、みたいな感じがありましたね。



廣中(左)、萩谷(右)らとともに女子長距離界の時代を変えていくことを実感。互いに切磋琢磨しながらさらなる高みを目指していく 写真/毛受亮介(陸上競技マガジン)

陸上競技マガジン 1月号

構成/寺田辰朗

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事