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2021-03-13

白鵬の強さを支えた準備力。情報を整理し、イメージを喚起させ、五感を研ぎ澄ませる―−白鵬の脳内理論【後編】

相撲の基本姿勢「蹲踞(そんきょ)」にも新たな工夫を取り入れている白鵬。蹲踞の姿勢でカカトを少し高めにして、手をリラックスさせている

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白鵬の強さを支える準備力−–−「本場所中の一日の始まりは朝じゃない。午後6時から始まるんだよ」

新型コロナウイルスに感染して初場所休場を余儀なくされた白鵬が、3月場所に臨む。数々の史上最多記録を更新し、36歳にしてなお進化を続ける最強横綱の強さの源はどこにあるのか。『白鵬の脳内理論 白鵬の脳内理論〜9年密着のトレーナーが明かす「超一流の流儀」』の著者であり、トレーナーとして白鵬の強さを支える大庭大業さんに聞いた。

「力士になりたい」という志を抱いて来日した15歳の白鵬が初土俵を踏んだとき体重は80kg。現在の約半分ほどだった
「力士になりたい」という志を抱いて来日した15歳の白鵬が初土俵をふんだとき体重は80kg。現在の約半分ほどだった

新型コロナウイルス感染による休場から復活を目指す横綱・白鵬。その強さの秘密を語るうえで欠かせないのが準備に時間をかけることだ。9年間、白鵬を心身両面からサポートしてきた大庭大業トレーナーは「横綱ほど立ち合いのための準備と確認に時間をかける力士はいません」と言う。

基礎、基本を重視する日々の習慣は前回紹介した通りだが、本場所の取組前の準備もかなりの時間をかける。大庭トレーナーは、白鵬からこんな言葉を聞いた。

「本場所中は、一日の始まりは朝じゃない。午後6時から始まるんだよ」

午後6時とは、横綱の取組が終わる時間。その日の取組が終わった直後から、もう次の日の準備が始まっているのだ。

「横綱は、夜、布団に入ってから寝るまでの時間に立ち合いを考えるのを習慣にしています。対戦相手との過去の取組で、どんな立ち合いをして、どんな展開になったのか、すべて頭の中にインプットされています。そこにその場所の相手の身体のハリや取り口などの情報を加えます。毎日必ず対戦相手のVTRをチェックして、その情報をプラスします」

それらの情報を整理して、どんな立ち合いでいくかを決めて寝る。翌朝、稽古場で確認し、さらに支度部屋でも付け人を相手に確認する。土俵下の控えに入った後も、一番前の取組になったところで立ち合い後の展開を3パターンイメージする。横綱とはいえ、思い通りにいかない展開もある。想定外をなくすため、3パターン考えるのだ。この段階で「おかしいな」と感じたら、もう一度イメージし直し、完璧にできるまで行う。

俵下に座る白鵬。土俵の、ある一点を見つめて、立ち合いの3つのパターンをイメージしている。半目になり、おだやかな表情で集中する
土俵下に座る白鵬。土俵の、ある一点を見つめて、立ち合いの3つのパターンをイメージしている。半目になり、おだやかな表情で集中する

このとき、白鵬の視線は土俵の側面のある一点に向けられている。

「半目で見ているんですよね。仏様みたいでしょう。あれは『土俵の傷を見るんだよ』と言っていました。土でできている土俵にはあちこちに傷のようなひび割れができますが、そのうちのひとつを見るそうです。脳科学では、同じ一点を見ることで、集中力が高まるという効果が期待できるそうです」

もちろん、土俵下でも土俵上でも相手の観察は欠かさない。

「横綱はいろんなところを見ていますよ。相手のまわしの結び目を見て『今日はきつくしばっているからまわしを取りにいくのをやめよう』とか、呼吸の音を聞いて『相手は緊張しているな』とか、『オレと一回も目を合わさなかったから何か考えてるな。奇襲、変化かな』とか。仕切りの場所や座るタイミングも全部見ていますね」

 ここまで準備をするから、凡人には考えられないほど五感も研ぎ澄まされる。大庭トレーナーは、白鵬から驚くべき事実を知らされた。

「立ち合った瞬間、横綱には相手の動きがスローモーションのようにゆっくり感じられるそうです。だから、相手に変化されたとしても、すぐに身体が反応し、体勢を立て直せるんですね。立ち合いに焦点を置き、誰よりも早く準備し、これでもかというぐらい確認して、頭も身体も迷いのない状態にしているからできることだと思います」

勝負を大きく左右する立ち合い。この一瞬に最善の選択をするべく、周到に準備を重ねる(写真は令和2年〈2020年〉7月場所5日目の阿武咲戦)
勝負を大きく左右する立ち合い。この一瞬に最善の選択をするべく、周到に準備を重ねる(写真は令和2年〈2020年〉7月場所5日目の阿武咲戦)

歴代最多優勝、歴代最多勝利の最強横綱が妥協なく準備をするのだから、負けるはずがない。スキを見せず、準備を怠らないからこそ、現在の横綱がある。

新型コロナウイルス感染明けに加え、5場所ぶりの出場となる3月場所。横綱はどんな心境で迎え、臨むのか。

「勝ちにいく相撲を取るのか、負けない相撲を取るのか。対戦相手によりますが、横綱がどちらの相撲を取るのかで結果は変わると思います。勝ちにいきすぎると土俵際が危ないですし、負けないようにいくと受けてしまうので一気に勝負が決まることもありますから」

36歳の年齢に加え、ひざを手術するなど満身創痍の横綱。大庭トレーナーも近年は「一日一日、今日は無事に終わった」という思いで見ているという。祈る気持ちと「横綱ならやってくれる」という期待の両方を抱いて初日を迎える。

東日本大震災の被災地を巡り、横綱土俵入りを披露した(写真は平成23 年〈2011年〉6月5日、岩手県陸前高田市の高田小にて)
東日本大震災の被災地を巡り、横綱土俵入りを披露した(写真は平成23 年〈2011年〉6月5日、岩手県陸前高田市の高田小にて)

取材・文/田尻賢誉 写真は全て書籍『白鵬の脳内理論〜9年密着のトレーナーが明かす「超一流の流儀」』より

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