今から35年前の1986年、プロレス界で起きた出来事を振り返る。待望の猪木戦まであと1勝に迫った前田日明だったが、日本中からの期待に応えられなかった。
1986年6月18日、新日本松戸大会にて「86IWGP・Bグループ優勝戦進出者決定戦」として前田日明vsディック・マードックの一戦がおこなわれた。同ブロックは藤波辰巳が前田戦で右目の上を負傷。Aブロックはアントニオ猪木が決勝進出を決めており、前田にとって待望の猪木戦まであと1勝。日本全国のプロレスファンが前田の勝利を望んでいただろう。
試合は前田がキックとサブミッションで攻めれば、マードックはグラウンドとエルボーで対抗。力の入った展開となったが、結果は場外戦で前田が鉄柱にキックを誤爆させ、リングアウト負け。その瞬間、1983年5月のIWGPリーグ戦以来3年ぶりとなる猪木vs 前田という“夢の対決”は水泡に帰した。
結局、その後も猪木と前田がシングルで向き合うことはなし。1986年6月がラストチャンスだったと考えたら、前田がマードックに敗れた意味は非常に大きかった。
2026-02-09
ベースボール・マガジン社創立80年記念イベント!落合博満氏トークショー「野球噺」が決定
2026-02-16
5月5日に引退する凛がマリーゴールド・岩谷麻優との対戦を熱望!「後悔のない時間にしたい。だから麻優さんと試合がしたいんです」【週刊プロレス】
2026-02-13
【NFL】第60回スーパーボウル 60対1のオッズから優勝したシーホークスとはどんなチームだったのか
2026-02-13
秩父宮ラグビー場が2030年、屋内人工芝ラグビー場へ生まれ変わる[Ⅰ部]
PR | 2026-02-13
「第48回全国JO杯春季」の記念品をDESCENTE STORE オンラインで販売!
2026-02-12
【別大マラソン】箱根1カ月後の初マラソンでMGC出場を決めた溜池一太(中大4年)、卒業後も中大を拠点にロス五輪へ「マラソンだけでなく、5000mでも10000mでも目指していく」
2026-02-13
【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第35回「景気のいい話」その3
2024-04-01
ベースボール・マガジン社の人工芝一覧、導入実績、問い合わせ先 [ベーマガターフ]
2020-12-18
使えるプロレス語 日常生活をハッピーにするプロレスの名言(佐久間一彦/監 元「週刊プロレス」編集長
2020-02-21
新日本プロレスの‟レジェンドレフェリー”タイガー服部さんの書籍『古今東西プロレスラー伝説』発売!
2021-03-07
【プロレス・デビュー戦列伝】馳浩がノーザンライト・スープレックス・ホールドでいきなりIWGPジュニア奪取!1987年12月27日
2020-12-25
日本プロレス70年史 昭和編(週刊プロレス/編)
2021-03-22
【プロレス・デビュー戦列伝】三沢光晴さんが「オレのデビュー戦よりも よかった」と称賛したKENTA 2000年5月24日
2026-02-09
ベースボール・マガジン社創立80年記念イベント!落合博満氏トークショー「野球噺」が決定
2026-02-16
5月5日に引退する凛がマリーゴールド・岩谷麻優との対戦を熱望!「後悔のない時間にしたい。だから麻優さんと試合がしたいんです」【週刊プロレス】
2026-02-13
【NFL】第60回スーパーボウル 60対1のオッズから優勝したシーホークスとはどんなチームだったのか
2026-02-13
秩父宮ラグビー場が2030年、屋内人工芝ラグビー場へ生まれ変わる[Ⅰ部]
PR | 2026-02-13
「第48回全国JO杯春季」の記念品をDESCENTE STORE オンラインで販売!
2026-02-12
【別大マラソン】箱根1カ月後の初マラソンでMGC出場を決めた溜池一太(中大4年)、卒業後も中大を拠点にロス五輪へ「マラソンだけでなく、5000mでも10000mでも目指していく」
2026-02-13
【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第35回「景気のいい話」その3
2024-04-01
ベースボール・マガジン社の人工芝一覧、導入実績、問い合わせ先 [ベーマガターフ]
2020-12-18
使えるプロレス語 日常生活をハッピーにするプロレスの名言(佐久間一彦/監 元「週刊プロレス」編集長
2020-02-21
新日本プロレスの‟レジェンドレフェリー”タイガー服部さんの書籍『古今東西プロレスラー伝説』発売!
2021-03-07
【プロレス・デビュー戦列伝】馳浩がノーザンライト・スープレックス・ホールドでいきなりIWGPジュニア奪取!1987年12月27日
2020-12-25
日本プロレス70年史 昭和編(週刊プロレス/編)
2021-03-22
【プロレス・デビュー戦列伝】三沢光晴さんが「オレのデビュー戦よりも よかった」と称賛したKENTA 2000年5月24日