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2021-08-22

【ボクシング】これがラスト? パッキャオがウガスに3-0判定負け

ウガスの長い右を浴びるパッキャオ。最後までキューバ人の右に対処しきれなかった

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 8月21日(日本時間22日)、アメリカ・ネバダ州ラスベガスのT-モバイル・アリーナで行われたWBAスーパー世界ウェルター級タイトルマッチ12回戦で、世界6階級制覇者マニー・パッキャオ(フィリピン)が現王者ヨルデニス・ウガス(キューバ)に3-0の判定負け。今年2月にWBAによって“休養王者扱い”とされるまで自身が保持していたタイトルの奪還はならなかった。

敗れても決して色褪せぬパックマンの栄光

 発表された公式の採点は、2者が112対116、残る1者は113対115。僅差であり、ポイントの振り分けが難しいラウンドもあった。しかし、パッキャオが最後まで波に乗れなかったのはたしかなこと。体格、リーチで優る技巧派ウガスが、鋭いジャブ、多彩な右パンチでパッキャオの打ち終わりを的確に叩き、ボディブローを差し込み、“生ける伝説”の勢いを封じ込めた、そんなフルラウンドだった。

「彼のスタイルに対応するのに時間がかかった。フットワークが硬くて、動きにくかった。対戦者に、おめでとうと言いたい。これからのことはわかりません、これから考えます」

 パッキャオはリングの上でそう語った。42歳7ヵ月、プロ27年目、72戦目の敗戦。それでも。フライ級からスーパーウェルター級まで、階級の壁を越えて私たちを驚かせ、なにより常に全力の戦いで私たちの心を熱くしてきたマニー・パッキャオという存在自体が奇跡であることに、なにも変わりはない。

代替えカードでも1万7000超の観客

 もともと数奇なめぐりあわせの戦いだった。本当ならこの日、パッキャオはIBF・WBC統一チャンピオン、エロール・スペンス(アメリカ)との“新旧対決”に臨むはずだった。2019年7月にキース・サーマン(アメリカ)に初黒星を与えるとともにWBAスーパー王座を吸収して以来、実戦は2年ぶり。フィリピンの上院議員としてコロナ禍中の市民のために多忙に過ごした。長引いたブランクを越えて、押しも押されもせぬ“最強”との対戦を望んだレジェンドに大きな称賛が集まった。ところが、スペンスの右目網膜裂孔が発覚。試合11日前になって、前座で防衛戦を予定していたウガスが対戦相手に浮上する。ウガスの挑戦者ファビアン・マイダナ(アルゼンチン)もケガで出場不可となったところだった。

 WBAスーパー王座にからむ因縁マッチはこうして実現する。パッキャオにとって、ウガスが持つWBAスーパー王座はもともと自身が持っていたもの。今年のはじめ、WBAがパッキャオを“休養王者”とすることでスーパー王座に昇格したのがウガスだった。急遽開かれたオンライン会見でパッキャオは言った。「簡単な試合ではない。でもウガスがチャンピオンであるのはWBAがベルトを与えたから。リングの上で決着をつけなければならない」。さっそく現地のスポーツブックに出た予想ではパッキャオ有利。スペンスとの黄金カードではなくなっても、ラスベガスの真ん中にある大アリーナには1万7438名が駆けつけた。
パッキャオは旺盛に攻めて出たが、かつての迫力はもうなかった
パッキャオは旺盛に攻めて出たが、かつての迫力はもうなかった

動きの堅い英雄をキューバの苦労人がかわしていく

 小柄なサウスポー、パッキャオはいつものように自ら仕掛けて出た。全体の動きはシャープに映る。だが、様子を見ていたウガスが鋭く長いジャブ、左に合わせた右アッパーでパッキャオを牽制。2回には右をボディに送り込んだ。2008年北京五輪ライト級銅メダル獲得後にアメリカへ亡命し、2010年のプロデビューから10年かかって世界王座に就いたキューバ人にとって、史上屈指のビッグネームとの対戦は人生を変える大チャンス。名匠イスマエル・サラスと短時間で対策を練り上げたことが、見て取れる。

 フィリピンが生んだ英雄はどこまでも積極的に、一瞬のスキを狙い、強打をまとめ打ってみせる。が、ウガスにはそれも織り込み済み。パッキャオの攻めは寸断されてしまった。2年前のサーマン戦に比べ、快活なステップワークもみられない。やはりこの年齢で迎える久々の実戦という状況は影響していただろう。中盤に右目付近の腫れが目立ち始めたパッキャオは、先に手を出してアピールする。ウガスの的確な迎撃をかき消すほどのエネルギーが感じられない。最終回はウガスの右が断続的ながらヒットを重ね、パッキャオの左目尻から血が滴った。しかし、ゴングが鳴る瞬間まで、前へ前へと挑む姿勢は、崩れなかった。
試合試合終了直後。フィリピンの英雄は手を挙げたが、表情は曇ったままだった
試合試合終了直後。フィリピンの英雄は手を挙げたが、表情は曇ったままだった

「支えてくれたすべての人に感謝する」とパッキャオは語った

 WBAスーパー王座の初防衛に成功したウガスは31戦27勝(12KO)4敗。レジェンドへの勝利で、ウェルター級トップ戦線における存在感が飛躍的に増すことは確実だ。「この瞬間をくれたことを、パッキャオに感謝したい。キューバ人はビッグファイトに勝てないと人々は言う。この勝利はキューバの勝利だ」と語った。

 パッキャオの戦績は72戦62勝(39KO)8敗2分。これが最後の試合になるのか。誰にとっても気がかりなのは、フィリピンの次期大統領候補とみられる英雄の去就だ。ファンが帰途につき、ロープが取り外されたリングの上で行われた会見で、こんなふうに語った。

「ボクシングでたくさんのことを成してきました。そしてボクシングは私にたくさんのことをくれました。これからしばらく家族と時間をすごし、ボクサーとしての今後について考えたいと思います。今日きてくれたすべてのファンに感謝します。マニー・パッキャオが成したことについて書いてきてくれたメディアに感謝します。何十年もあなたがたがいるおかげで、私たちボクサーはここにいることができ、夢を叶えることができます。私はリング内、リングの外でもファイターです。フィリピンに戻り、まだ続くパンデミックの中で人々のために戦います。将来、もうマニー・パッキャオがリングで戦う姿を見ることはなくなるかもしれません。わかりません。でも何十年もボクサーとして成したことをうれしく思います。たくさんの記録も作れました。フィリピンの人々に誇りをもたらすことができたことを特にうれしく思います。フィリピン人であることを誇りに思い、世界中のファンに感謝します」 

文◎宮田有理子 Text by Yuriko Miyata 写真◎ゲッティ イメージズ Getty Images

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