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2021-08-24

【NFL】背負った♯32は街の英雄ハリスの番号 本塁打連発の筒香にかかる名門パイレーツ復興の期待

パイレーツへ入団後、本塁打を連発している筒香嘉智。#32は街の栄光の番号だ=photo by Getty Images

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 アメリカンフットボールから少し離れて、野球の話を書きたい。今季のMLBの話題をさらってきたのはロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平だが、ここへきてあの日本人スラッガーが、ホームランを連発している。ピッツバーグ・パイレーツの筒香嘉智だ。彼の背負っている#32は、ピッツバーグの街にとって特別な意味がある。1970年代に王朝を築いたNFLスティーラーズの英雄、RBフランコ・ハリスの背番号なのだ。


 プロ野球、横浜DeNAベイスターズの主砲として、2016年には44本塁打、110打点でセントラル・リーグの2冠王に輝くなどの実績を持った筒香は、2020年にポスティングシステムを利用してのMLB、アメリカンリーグのタンパベイ・レイズに移籍した。

 新型コロナウィルス感染症の影響で7月となった開幕戦では、いきなりホームランを放ってパワーをアピールしたが、1年目は打率.197、8本塁打と、物足らない成績に終わった。

 メジャー2年目の今季は、開幕から不振で、レイズからは5月に戦力外通告。その後、ナショナルリーグのロサンゼルス・ドジャースに移籍したが、思うような成績を残せず、3Aに落ち、8月14日には自由契約になった。

 その2日後の8月16日、パイレーツが契約した。筒香はいきなり結果を出した。16日、パイレーツの選手としての初日に、ドジャース戦で2塁打を放つと、翌17日にはタイムリー2塁打を打った。20日のカージナルス戦では今季初本塁打、そこから4試合で3本塁打の活躍だ。

 パイレーツは長期低迷に苦しんできた。1970年代は地区優勝の常連で、ワールドシリーズも2回制覇した強豪が、1993年から20シーズン連続で勝率が5割以下となった。2013年から3シーズン連続で地区2位となり、ポストシーズン(ワイルドカード含む)に進出したが、その後再び勝てないシーズンが続いている。昨季の勝率は.317、今季は.360と4割に届かず。このままのペースだと、2010年以来のシーズン三桁敗戦が現実味を帯びていた。

 今季の不振の原因は、打線の決定力不足にある。チーム本塁打、チーム打点は、いずれもMLB30球団中の最下位。本塁打96は29位のダイヤモンドバックスとは14本も差がある(いずれも8月23日時点)。

 パイレーツが筒香と契約したのは、ドジャースの3Aでは打率.257ながら10本塁打32打点、特に8月は打率.378、2本塁打11打点という長打力に着目したからだった。ここまではその期待に十分に応えている。パイレーツは筒香が本塁打を打った3試合はすべて勝利している。背番号32がフィールドで躍動している。

             ◇

 1972年にRBハリスがドラフト1巡で入団した時のスティーラーズも、弱小チームだった。1933年の球団創設以来、39シーズンで負け越し25回、地区優勝はわずか1回。8年連続負け越し中だった。今の強豪の姿はどこにもなく、弱くて仕方がないチームだった。

 若き闘将チャック・ノールがヘッドコーチ(HC)に就任し、DTジョー・グリーン、QBテリー・ブラッドショーら中心選手をドラフト1巡で指名して、少しづつ力をつけていたが、常勝チームには、まだ遠かった。

 ハリスがペンシルバニア州立大学から入団したことで、スティーラーズのオフェンスは核を得た。この年11勝3敗で地区優勝、25年ぶりにプレーオフにも進出した。二桁勝利は、チーム創設40年目で初めてだった。ハリスはラン1055ヤード10タッチダウン(TD)で、オフェンスの新人王にも輝いた。

 ハリスが、ピッツバーグの英雄となったのは、そのプレーオフのことだった。1972年12月23日、ディビジョナルプレーオフで、オークランド・レイダースと対戦したスティーラーズは、レイダースの強力ディフェンスの前にタッチダウン(TD)を奪えず、6-7とリードされたまま最終盤を迎えていた。

 第4クオーター、残り22秒でタイムアウトなし、4thダウン10。絶体絶命のピンチからQBブラッドショーが投じたパスは、レイダースのSジャック・テータムの体にバウンド。そして、走ってきたハリスの前に飛んできたのだった。

 ハリスはボールを地面すれすれでキャッチした。そしてエンドゾーンを目指して疾走した。劇的な逆転TDだった。スリーリバースタジアムのファンは、次々にフィールドに飛び降りてハリスを囲み、狂喜した。

劇的な逆転TDにファンは、次々にフィールドに飛び降りてRBハリスを囲み、狂喜した=photo by Getty Images
=photo by Getty Images

 最終スコアは13-7。スティーラーズがレイダースを撃破して、AFC決勝まで進出した。当時のスティーラーズオーナー、アート・ルーニーは敗戦を見るのが辛いので、このプレーの前に、VIP席を退出しエレベーターに乗り込んでしまい、ハリスの奇跡を直に見ることができなかったという。

 このプレーは「Immaculate Reception」と名付けられた。12月23日はクリスマスイブの前日であり、聖母マリアがイエスを処女懐胎したとされるエピソードから、「Immaculate Conception」=無原罪の懐胎をもじったのだった。NFLの公式映像機関、NFLフィルムズが選んだ、歴史的なプレーの第1位にもなっており、youtubeなどで今も見ることができる。そしてハリスは、この後「ミラクル」と呼ばれるようになる。
 
 そしてこの瞬間のハリスを再現した立像が、ピッツバーグ国際空港のロビーに飾られている。隣に立っているのは、合衆国独立の英雄ジョージ・ワシントン。ピッツバーグの街を訪れた人たちは、この像を必ず目にするのだ。

【動画】空港に立つ「2大英雄」ハリスとワシントンの像
        ◇

 ハリスのスティーラーズは、1972年はAFC決勝でマイアミ・ドルフィンズに敗れたが、2年後の1974年シーズンに悲願のスーパーボウル初優勝を果たす。勝利の瞬間、ディフェンスの大黒柱だったグリーンと共にノールHCを担ぎ上げたのは、このスーパーボウルのMVPハリスだった。この年から、スティーラーズは6シーズンで4回スーパーボウルに優勝した。

 いま、♯32をまとい、ダイヤモンドを一周する筒香の大柄な体を見ると、新たな感慨を覚える。プロフットボール栄誉の殿堂入りしたハリスの番号はスティーラーズでは事実上の永久欠番となった。そしてもう一つのピッツバーグ市のスポーツチーム、アイスホッケーNHLのペンギンズには♯32の選手はいない。筒香は、街の英雄のナンバーを背負った、唯一の選手となった。

 ハリスが、弱小球団だったスティーラーズを、NFLきっての強豪に変えたように、筒香もパイレーツが再び強豪となるきっかけを与える奇跡の選手にならないか。そんなことを夢想しながら、海の向こうからのニュースを心待ちにしている。

パイレーツへ入団後、本塁打を連発している筒香嘉智。#32は街の栄光の番号だ=photo by Getty Images
パイレーツへ入団後、本塁打を連発している筒香嘉智。#32は街の栄光の番号だ=photo by Getty Images


NFL2021 カラー写真名鑑(B.B.MOOK1538)

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