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2021-10-01

【しゅりんぷ池田のカード春秋】ロッテ球団波乱万丈伝

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意地を見せた池辺巌

 昨年から続々と発売されているヒストリーシリーズの第4弾として、ロッテ球団のそれが発売となりました。OB選手で最初に登場しているのが今回掲載している池辺巌です。昭和40年代のオリオンズで活躍した一、二番から中軸も打てる攻守にすぐれた外野手でした。

 同選手が入団した1962年はまだ球団名が大毎でした。同球団は大映と毎日新聞の共同経営でしたが、大映の永田雅一社長が主導権を握り、62年に私財を投じて南千住に東京スタジアムを完成させます。そして、64年から球団名を東京オリオンズと改めるのですが、この改称が毎日の了承を得ずに行われたため、毎日は経営から撤退してしまいます。

 本業の映画産業の不振もあり、69年にロッテの資本参加を仰ぎ、球団名もロッテオリオンズに改めます。当初はネーミングライツのような形だったのですが、71年1月についに永田がギブアップし、ロッテが経営を引き継ぎます。翌72年限りで東京スタジアムも失い、ロッテは仙台宮城球場を中心に全国を転戦する事態に陥ります。

 このように同球団は波乱に満ちた展開を見せましたが、池辺個人も波乱に見舞われます。73年から金田正一が監督に着任すると同監督の代名詞とも言える背番号34をそれまで付けていた池辺から剥奪。それが原因かは分りませんが、両者の折り合いは芳しくなく、池辺は出場機会が減じ、75年に阪神にトレードされてしまうのです。

 しかし、池辺はここでレギュラーに返り咲き、76年に自身2度目のダイヤモンドグラブを受賞するなど意地を見せたのでした。
(週刊ベースボール2021年10月4日号 掲載記事再編)

2021BBMベースボールカード 千葉ロッテマリーンズヒストリー1950-2021 No.08 池辺 巌
2021BBMベースボールカード 千葉ロッテマリーンズヒストリー1950-2021 No.08 池辺 巌

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