close

2022-02-23

昭和天皇崩御で大会が中止&順延に…アントニオ猪木ら新日本全選手&社員が後楽園ホール前でお詫びした理由とは?【週刊プロレス昔話】

新聞を読むアントニオ猪木

全ての画像を見る
 1989年1月7日、昭和天皇が崩御された。

 予定されていた各種イベント&スポーツ大会の多くは中止、あるいは順延。プロレス界も例外ではなく、1月7日は各団体シリーズ開幕直後の土曜日ということで大会を予定していた中、新日本は1・7川崎&1・8後楽園、全日本は1・7郡山&1・8本吉町、全日本女子は1・7和歌山&1・8大阪を順延することに。

 その中で唯一大会の中止発表が遅れたのが、長州力率いるリキプロ主催の新日本1・8後楽園だった。7日午後5時半に正式決定されるまでファンからの電話問い合わせに、すべて「8日の試合は開催します」と答えており、当日は午前10時よりアントニオ猪木ら全選手&社員が後楽園ホールのあるビルのエレベーター前に勢ぞろい。午後1時試合開始だと思って来場したファンたちへ丁寧にお詫びしていた。

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事



RELATED関連する記事