本当に強い男は優しい。そこにはわざとらしさやあざとさなどは微塵も感じられず、さも当然のように彼らは振る舞う。これまで、そんな場面、光景に何度出くわし、甘えてきたことか。これはある意味、当方の恥をさらすエピソードだが、そんなことはどうでもいい。今回は、スーパーフライ級で世界4階級制覇を狙っている田中恒成(畑中)の気遣い、そして観察眼の鋭さを表すエピソードをお届けしたい。
上写真=後輩のスパーリングを真剣な眼差しで見つめる。優れたセンサーで感じたことをアドバイスすることもしばしば
自分の分はさておいて、取材者のために椅子を自ら用意してくれた内山高志。SNSのダイレクトメッセージで、武道に励む記者の子どもを励ましてくれた八重樫東。「そろそろ声を聞きたいなー」なんて思ってると、ふっと電話をかけてきて「元気っすかー?」なんて言葉をかけてくれる佐藤洋太。どうしようもなく照れ屋で、だからこそさりげない気遣いをしまくる赤穂亮。そうそう、いまをときめく井上尚弥も、行きつけの焼肉店で取材した際、ついつい話に夢中になっている記者に、「食べて! 食べて!」なんてニコニコしながら焼けた肉をどんどん取ってくれたりもするんです。取ってあげなきゃいけないのはこっちなのに、そんなこと全然気にしないで、神経を使ってくれる。「井上尚弥に肉を取ってもらったのか! そんなおめでたいやつはいないぞ!」って、周囲にえらく怒られたけど。
そしてこの男──田中恒成もまた、そういう優れた感覚の持ち主なのである。
シャドーボクシングを続ける田中恒成の撮影がひと段落し、次の撮影をどうしようか思案するため、リング横の3人ほど座れるベンチに腰をかけた。
私の左隣にはもうひとり男性。
と、会長室に挨拶に行った、練習生の父親らしき方がこちらに戻ってきて、前を通りすぎた。
それからほんのわずか20秒ほど後のこと。
リング内の田中恒成が、サッと下りてきて、私の横に置いてあったグローブを片付け、左端に立っていたその父親にジェスチャーで着席を勧めたのだ。
咄嗟のことで、最初は田中恒成が何をしにきたのか「?」だったが、「あー、そういうことか!」と間を置いて気づいた次第。恥ずかしながら、私は彼が立っていることにまったく気づかなかった。すくっと立って、撮影に戻ればよかったのに。完全にボーっと考え事をしていた。
高い集中力を発揮してシャドーボクシングに取り組んでいた田中恒成のセンサーは、男性が座れずに立っていることを瞬時に察知して行動に移ったのだ。そんな田中恒成の振る舞いに、口をあんぐりするしかなかった。
これまで田中恒成を何度取材してきたかわからない。が、こんな調子で、視野の広さと観察眼に驚かされることが数知れずあった。同時に、自分のダメさ加減をいつも痛感……。
ボクサーはみな優しい。そして、超一流の男の感覚は、戦いの場以外でも極めて優れている。取材をし続ける立場として、彼らについていかなければいけない。日々反省。日々勉強。
文&写真_本間 暁
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