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2020-06-01

【ボクシング】】匠の扉─私が強く意識していること─ Vol.4 WBA世界ライトフライ級スーパーチャンピオン 京口紘人[ワタナベ]

選手にはそれぞれの特性があり、ストロングポイントがあり、もちろん“こだわり”もある。それは4回戦ボクサーから世界チャンピオンにいたるまで、様々に持ち合わせているものだ。
 肩書きにとらわれず、こちらの感性、琴線に突き刺さってきた選手、個性、技術、真髄、奥義──に迫りたい。そんな想いから、毎月ひとりのボクサーに流儀を語ってもらう。
 第4回は、IBFミニマム級、WBAライトフライ級と、すでに2階級制覇を達成している京口紘人(きょうぐち・ひろと、26歳=ワタナベ)。プロデビューからわずか1年3ヵ月、8戦目で最初の世界王座を獲得し、現在は14戦無敗9KO勝利。WBC王者・寺地拳四朗(BMB)との統一戦も期待される“ダイナマイト・ボーイ”だ。

※『ボクシング・マガジン2020年2月号』掲載記事を再編集したものです

上写真=軽量級らしからぬ、ダイナミックなスタイルの持ち主

文&写真_本間 暁
Text & Photos by Akira Homma

『プロフェッショナルであるということ』
必殺のアッパーカット、YouTube、減量、……

◆伝説のKOシーン◆

 2016年11月15日に行われたプロ4戦目。それまで大阪、タイで試合をこなしてきた京口にとって、後楽園ホール初登場となったマイケル・カメリオン(フィリピン)戦の衝撃は、いまだに色褪せない。

 開始わずか33秒でKOしたのは、左アッパーカット一撃。しかも、相手の右ストレートを自らの右サイドへ流しながら、インサイドに滑り込ませたもの。それまで試し打ちをしたり、タイミングを測ったりというやり取りもなく、たった1度訪れた機会で、見事決めてみせたのは、いま考えただけでも恐ろしい能力だと思う。

 想像力を働かせてみてほしい。が、いまひとつ想像できない、もう1度見返してみたい、見ていないので見てみたいという方は、ボクシング動画配信サービス『BOXING RAISE』に映像がバッチリあるので、そちらでご覧いただきたい。
https://boxingraise.com/

 右ストレートをかわして左ジャブをリターンする、あるいはノニト・ドネア(フィリピン)や井上尚弥(大橋)が得意とし、取り入れるボクサーも増えている左フックカウンターなら、1度は目にしたことがあるだろう。パッと映像を思い浮かべることもできるはず。けれども、ここでアッパーを持ってくるのは、“ありえない”に近い。並の想像を超えている。超高等技術。いや、それ以前に、打つのに相当な勇気が必要だろう。

「もちろん、それまでに何度も練習してきたパンチ」と京口はさらりと言ってのけるのだが、まずはその発想力がすごい。そしてこれをモノにしようと研鑽を積んだところも。そして、試合で表現できたことも。

 あの瞬間のことを京口はこう振り返る。「ボディ打ったらアカン。あ、上に打とう!って。瞬時に判断しました」

 わずか0コンマ何秒の間の、脳から体全体への伝達を、「『はじめの一歩』でも、スローに見えるという表現がありますよね。“走馬灯”もそうですけど、そういう瞬間に近い。バスケだったら“外す気がしない”、野球だったら、“ボールの縫い目が見える”とか。それと同じ“ゾーン”やないですかね」

 京口といえば左アッパー。ファンや関係者の間では、このもっともダイナミックかつ、顔面がガラ空きとなり、相手にとって最大のチャンスで危険をともなうブローが、彼の代名詞だ。

 そして、本人にとっても、「あれがきっかけで僕はグンと成長できたと思う。そして、これを武器にしたいと強く思った瞬間でした」。宝物を得た少年のように笑うのだった。

2018年大晦日、マカオでヘッキー・ブドラー(南アフリカ)に挑み、10回終了TKO。プロ12戦目で2階級制覇を果たした 写真_善理俊哉

◆追求と、その裏にある信念◆

「アッパーの始まりは、ジョーちゃん(辰吉丈一郎)に教わったボディアッパー」。中学生時代、大阪帝拳ジムでボクシングを始めた京口少年をはじめ、熱心に取り組む少年たちに、“レジェンド”は「ジョーちゃんと呼んで」と優しく語りかけ、真剣にアドバイスを送ってくれた。そこに、当時、同ジムのトレーナーだった遠藤洋一さん(現グリーンツダジム・トレーナー)や、のちに進学した大阪商業大学ボクシング部での教えがプラスされ、顔面へのアッパーへと進化していった。ボクシングを始めてから大学卒業までの10年。「教えていただいたことへの感謝の気持ちがあって、自分の頭で真剣に考えて取り組み続けた。教わったことに対して、何も考えないで過ごした10年とは大きな差になりますよね」

 そうやって、世界チャンピオン京口の礎は強固に育まれたのだ。

 いま、京口は、YouTubeのワタナベジムチャンネルと、個人のチャンネルで活躍中だ。持っている技術を、自身で動いてみせて、なんの隠し立てもせずに丁寧に解説している。これが実にわかりやすく、またボクシングの奥深さ、世界チャンピオンのテクニックの凄さを存分に味わえる。

 だが、こんなに技を披露してしまって大丈夫なのだろうか、という懸念も生じる。しかし本人は「『対処されるんじゃないの?』とよく言われるけど、僕も常に追求してるので。それに、研究されて崩れるような柔さはないから」と一笑に付す。

両肩を上下に揺すってリズムを取り、かつ、「相手のラインを外す」。これが京口の基本スタイルだ

スタンスと脚の形に注目してほしい

「ピッチャーが、こうやって投げたら速い球を投げられるって紹介したとして、でもそれを簡単に打てるわけじゃない。それと同じです」。そして、最初に口にした「追求」の裏に隠れた思想が奮っている。たとえ研究されたとしても、常に探求・追求を怠らないから、その先へと進化しているのだ、と。追いかけられれば追いかけられるほど、自分のレベルもぐんぐん上がっていくのだ、と。

「ボクサーは職人、いや、“プロ”と名の付くものはすべて職人。身体的な限界値は、年齢とともに衰えるけれど、技術に限界値はない。リカルド・ロペスにしても尚弥くんにしても、『完璧とか限界値には至っていない』って言うはずです。だから、まだまだ強くなれるんです」

 限界や天井を決めてしまったら、それ以上には進めない。京口の信念・決意がはっきりと表れる。

後ろから見ると、抜きんでたバランス感覚がよくわかるはず

◆思想の出発点と帰着点◆

リングにロープを張って、防御から攻撃、攻撃から防御という“流れ”の練習を繰り返す

 YouTubeでの積極的な技術解説には、ボクシングの奥深さをひとりでも多くの人に知ってほしいという願いが込められている。「ボクシングのファン層を増やすため。ボクシングを知らない人が、『世界戦のリングで、そういう技術のやり取りが行われてるんだ』って興味を持ってくれる。こういうところで、ボクシングに興味を持ってくれれば、きっと“根強いファン”になるはず」という強い思いを抱いている。そして、「そういうところを閉鎖的にすると、広がっていかない」とも。われわれも、専門的なことで突き進まないよう、ボクシング初心者にわかりやすいようにと努めすぎてしまうと、かえって面白みが欠けることを知っている。案外、敷居を下げないほうが、興味を持たれるもの。特に、ボクサーが向かい合った空間で、どんなことが行われているかは、素人にとっては“神秘”の世界なのだから。

 ところで、アッパーに加え、京口でつとに有名なのが「減量について」。1日に6回も体重計に乗ることで、普段から体重調整、管理を徹底していることが話題になった。

「でも、僕からしたら、むしろ無頓着な人が多いと思う。たとえば、料理人が包丁を研がない、衛生管理をしないで食中毒を出すなんてありえないでしょう。彼らにとっては包丁を研ぐ、衛生に気をつけるのは当たり前のこと。ボクサーも同じ。よく『何度も乗って管理してスゴイね』って言われますけど、全然スゴくない。体重を常に管理して、いつ試合が決まってもいいように過ごす。急に決まっても、100%で臨める。それがプロでしょう」

 アッパーカットは、「見ている人がおもしろいから」。YouTubeは「ボクシングファンを広げるため」。体重管理は「ボクサーであるなら当たり前」

 京口紘人が常に考え、思想の出発点であり、帰着点でもあること。それは、「プロフェッショナルであること」なのである。

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