選手にはそれぞれの特性があり、ストロングポイントがあり、もちろん“こだわり”もある。それは4回戦ボクサーから世界チャンピオンにいたるまで、様々に持ち合わせているものだ。
肩書きにとらわれず、こちらの感性、琴線に突き刺さってきた選手、個性、技術、真髄、奥義──に迫りたい。そんな想いから、毎月ひとりのボクサーに流儀を語ってもらう。
第3回は、ライト級のアジア3冠王に君臨する吉野修一郎(三迫)。現在、8連続KO中で、戦績は12戦12勝10KO無敗。抜群の安定感を誇る活躍を見せている。
※『ボクシング・マガジン2020年1月号』掲載記事を再編集したものです
上写真=国内に敵なし状態の吉野は、「海外で戦いたい」と強く希望する
文&写真_本間 暁
Text & Photos by Akira Homma
◆当てカンは、ない◆
東洋太平洋&WBOアジアパシフィック。そのふたつのタイトルを一挙に手に入れた2019年10月のハルモニート・デラ・トーレ(フィリピン)戦。そして、その前の4月にあったアクセル住吉(関門JAPAN)戦は、いずれも左フック一撃でKO。
「これは“ツボ”が見えているな」と感じ、その心得を聞き出そうと試みる。
いわゆる当てカン。漢字にすると、当て勘か、それとも当て感なのか迷うところだが、とにもかくにも本人に「当てカンいいですねぇ」とぶつけてみる。と、「え、そうですか? 自分では、まったくそんなふうに思わないです」と、ニコニコしながらあっさりと否定されてしまったのだった。
“勘”と捉えたのならば、ひょっとしたら気分を害したのかもしれない。ラッキーパンチ的な匂いが感じ取れるから。“感”の字をあてて認識したのならば、いわゆる才能の世界。「普段の努力をそのひと言で片づけてほしくないな」と思ったのかもしれない。けれど、彼は嫌な顔ひとつしない。笑顔で否定する。人に好かれる者がよく使うやり方。人間がことのほかできているのだ。
「それでは、自分で『ここは!』と思うところは?」と丸投げしてみると、微笑をたたえながら、**「逆算ですかねぇ……」とポツリ。
来ました、来ました。記者の心を揺さぶる言葉。そこをどんどん突っついてみる。
◆第三者には見えない“世界”◆
「基本的に、相手の嫌なところを攻めていこうとするんですが、この選手は僕がこう攻めたらこうガードするな、とか、こっちの攻め方でいろいろな反応を示す。いろいろなパンチを打てば、相手も様々な反応をする。それらの情報を集めていくと、自分のパンチの当て方がたくさん出てくるんです。自分がコンビネーションを打つには──とか、このパンチを当てるには、そこにもっていくには、どうしたらいいか──とか。このパンチを捨てて打てば、こんなふうによけるだろうとか。
簡単に言ってしまえば、当てたいパンチを当てるには──と考えて、そこから逆算していくやり方です」
スピードが相手より速ければ当たる、とか、パンチが相手より強ければ、相打ちになったときに相手に、よりダメージを与えることができるとか……。そういう“ぱっと見”で勝負が決することももちろんある。が、ボクシングは、そんな単純なことだけでは収まりきらない。一見、スピードがスローに見える選手のパンチが当たったり、パンチ力に劣る選手が勝ったり、そんなことは日常茶飯事である。そして、レベルが上がれば上がるほど、第三者には見えない“世界”が存在するようになる。向かい合ったふたりだけにしかわからない、駆け引きの世界である。
よく目にするのは、自信のあるパンチを、惜しげもなく披露する選手だ。「たとえば、右が強い選手が、これでもかというくらい右を振り回すのを見ます。でも、『なんで左を使わないんだろう?』って思います。『絶対にガードされるのに』って……。右を隠すくらいじゃないといけないと思うんですが、でも、当てよう当てようになっちゃうんですよね」
その気持ち、わかるという。吉野もプロデビューから数戦、「すぐに熱くなっていた」から。
◆無言の会話◆
ジムワークでは、同門の先輩・小原佳太(現・日本ウェルター級チャンピオン)に鍛えられた。
「最初はもう、本当に何もできなかった。いちばん最初に右で肋骨をやられたんです(笑)。やられるを繰り返していくうちに、『この前はああだったから、今度はこうしてみよう』とか、次に行く前にいろいろと考えて臨むようになっていったんです」
その積み重ねで、駆け引きを覚えていった。小原に直接アドバイスを受けたわけではないが、リング上で“無言の会話”をした。小原さんがこう来たら僕はこう、僕がこうしたら小原さんはこうする……。考えて試し、通じなかったらまた次回、違うパターンを考えて臨む。その練習の成果が、4戦目、元日本&東洋太平洋王者・加藤善孝を判定で攻略した試合(2017年4月)で花開いた。
「あの試合を境に、冷静さを保てるようになったんです。焦ったら絶対にダメ。熱くなったら考える力もなくなるし、なにより、それまでにやってきたものを全部出すには、冷静さが必要なんです」
◆未来と過去を行き来する◆
だが、話を進めていくうちに、ジムワーク、スパーリングだけが彼の“いま”を築き上げたのではないと悟った。「元々、ほわんとした性格(笑)」で、たとえば、待ち合わせの時間に遅れそうになっても決して慌てない。
「だって、遅れたものはしかたないじゃないですか。焦って慌ててケガでもしたら元も子もない。落ち着いて、でもなるべく早く行って謝る。それしかない(笑)」
かといって、豪放磊落、大胆不敵なわけではない。たとえば、街でこうしたら人に迷惑をかけるとあれば、それはしない。それが一手だけでなく、二手三手と先を考え、それが最終的に迷惑に至るならば、三手戻ってやらない。先読み、と同時に、前述の“逆算”でもある。
この“いまから未来”、“未来からいま”を行ったり来たりできるようになったのは、「言われてみれば、高校、特に大学の上下関係が大きいかもしれないですね」と大きく頷く。
作新学院高校、東京農業大学と名門を渡った吉野だが、上級生やOBを前にした下級生は、目上の人間が言葉を発する以前に行動する。たとえば、イスを出したり、飲み物を持っていったり……。表情や仕種で、相手が何を欲しているか、その心理を瞬時に読む。いまの時代、先輩やOBによるパワハラとも取られかねないが、そんなマイナス面ばかり取り上げるのはいかがかと思う。これはボクシングという競技特性において、とても大切な行為。プラス面のほうが、マイナスイメージを軽々と覆いつくす。
「きっと、そういうことを察知できない人は、ボクシングも強くならないだろうし、ボクシングだけじゃなく、スポーツ全般できないと思いますよ」。そう投げかけてみると、「言われてみれば、そうかもしれないですね。スポーツをやってなくても、社会に出れば、それは大切ですよね」と吉野も納得顔で応える。
つまり、もちろん考えることと不断の努力は大事だけれども、日常の行為に加え、吉野の場合は、学生時代に培われた“気配り”も大いに生きている。彼の“逆算法”は、一瞬先の未来を予想して、戻ってくるやり方である。
「ボクシングは将棋に似てますね。将棋も王を潰すところからの逆算ですから」
将棋は小学1年のときから好きなのだという。
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