WBAスーパー・IBF統一世界スーパーバンタム級チャンピオンのダニエル・ローマン(アメリカ、30戦27勝10KO2敗1分)。日本で世界タイトルを奪取し、防衛し、そしてこの先には現IBF暫定王者・岩佐亮佑(セレス)との統一戦を見据える、日本と縁深いチャンピオンが1月23日、拠点のカリフォルニア州ロサンゼルスで公開練習を行った。1月30日にフロリダ州マイアミで行われるWBA1位・ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン、7戦7勝6KO)との指名試合へ向け、「準備は万端」と自信をみせる。
上写真=2本のベルトを携えるローマン。常にさわやかなナイスガイだ
当初は昨年9月に予定されていたこのWBA指名試合。左肩を痛めたローマンにドクターストップがかかり、苦渋の決断、延期を発表をしたのは試合まで10日と迫った時期だった。8週間の治療・安静を経てスパーを再開したという統一チャンピオンは、「肩はもうまったく問題ない。メニューに微調整を加えてとてもいいトレーニングキャンプになった。100パーセント、準備万端」と万全を強調する。
昨年4月の前戦で、IBF王者のTJ・ドヘニー(アイルランド)を2度倒して判定勝ちし、タイトル統一に成功したローマンだが、WBA5度目、IBF初防衛戦となる今回の相手も手強い。無敗のサウスポー、アフマダリエフは、リオ五輪バンタム級の銅メダリストだ。ロシアの大興行主ワールド・オブ・ボクシングの敏腕マネージャー、バディム・コルニロフが手掛け、アメリカでのプロデビューから2年弱。間断なく繰り出す正確なコンビネーションで対戦者を追い込むスタイルで、注目を集めている。
その元トップアマがプロで経験した最長ラウンドは目下、9ラウンド。迫力満点の連打に9回まで粘ったのはサウスポーのアイザック・サラテ(アメリカ)、ローマンのチームメイトだ。チャンピオンにとって、貴重な情報源である。公開練習でローマンは、「アフダマリエフは積極的でハングリーで、全力で私を倒しに来るのは間違いない。でもアイザックとの試合でも彼のミステイクはよく見えた」とメディアに語った。スパーリング相手としても一役買ったサラテも同席し、「ムロジョンは強いけれど、大丈夫。ダニーの方がパンチも強い」と太鼓判を押す。
29歳のローマンは、日本とじつに縁の深いチャンピオンだ。2017年9月に指名挑戦者として京都に赴き、久保隼(真正)から王座を奪取。4ヵ月後には東京・後楽園ホールで松本亮(大橋)を相手に初防衛を果たした。イギリスからアメリカに進出した大手マッチルームと2018年秋に契約を結ぶまで、3度目の日本遠征が決定間近だったともいう。今回のWBA指名試合のリ・スケジュールを待つ間に、IBFは暫定王座を設置。IBF次期王座挑戦権をもっていた岩佐がさる12月、元WBO王者マーロン・タパレス(フィリピン)を11回に倒し切ってIBF暫定王座に就いており、ローマンは今回の指名試合をクリアすれば、岩佐との統一戦に向かうことになる。そんなダニエル・ローマンのことを、いま一度あらためて紹介しておきたい。
「スピードとかパワーとかいう武器は、僕にはない。長所があるとしたら、少しずつすべてのことができること」。世界挑戦前、自身がそう話していたとおり、ローマンの強さの根拠は一見ではわからない。こつこつと手を出して相手のスキを作り出し、そこを見逃さずに打つ。一発効かせたら追撃する。シンプルであって実行困難なセオリーの集積が、ローマンのボクシングだ。大手が世界中からタレントを集めてプロデュースするアメリカボクシング界にあって、ひっそりと、しかし着実に力をつけて見事に開花したこの若者を、デビュー当時から知るアメリカ西海岸の記者たちは、諸手で称賛する。ちょうど3年前の1月、当時無敗のアダム・ロペス(アメリカ)を攻め立て、9回終了で降参させた時が、初めてのテレビファイト。この勝利でWBA次期挑戦権を手に入れたが、それまではまったく無名だった、と言っていい。
生まれ育ったのはロサンゼルス近郊のイングルウッド市。ボクシング興行も度々行われる伝統の円形劇場“ザ・フォーラム”がある地だが、周囲は殺伐とした環境だ。サッカーチームでいじめられ、自衛のすべを身につけるようにとの父の勧めでボクシングを始めたのが7歳の時。USAボクシング連盟が定める競技年齢8歳に達するとすぐ、試合に出始めた。「僕にはチャンスがあるかもしれない、と思ったのは12、13歳のころかな。それからオリンピック出場が目標になった」。2008年北京五輪を目指した。が、アメリカ代表予選に出場するためのトーナメントで敗退。ボクシングから離れ、YOSHINOYAのキッチンで働いた。他に打ち込めるスポーツを探してみたが、野球はルールを知らず1日でドロップアウト。フットボールは小柄すぎて吹っ飛ばされた。「どれもボクシングのように必死にはなれなくて、やっぱりボクシングなのかなと思った」。20歳、再びグローブを握った。子供のころから導いてくれたマネージャーでトレーナーのエディ・ロドリゲス、アシスタントのケニー・ウィルソンとは、以来ずっと、苦楽を共にしている。
強力な後ろ盾のないチームは、試練のたびに前を向いてきた。
最初のピンチはデビュー1年目の2011年7月、プロ4戦目での初黒星だ。試合数日前に代役を引き受けた日本人選手に判定で敗れた。現在M.T.ジム・トレーナーの岡田隆志さん。その8ヵ月前、元アマチュア世界選手権2連覇のマクウィリアムズ・アローヨ(プエルトリコ)を判定で破る大金星を挙げたツワモノだ。この初黒星でローマンは、中堅プロモーターであるトンプソンとの契約を失うことになる。ロドリゲス・マネージャーは中小プロモーターに試合を求めて回った。急な代役オファーにも、いつでも飛びついた。しかし2013年10月の11戦目、トンプソンの興行に“Bサイド”として出場し、ファン・レイジェス(アメリカ)に判定負け。この2敗目で、ローマンの心は折れる寸前だった。「このままの状況だったらボクシングはあきらめる。生活のために働かなくちゃいけないから、と、エディに言ったんだ」。ロドリゲス・マネージャーの懸命の交渉でトンプソンとの再契約に至った。歩み続けるチームには、だから、いつでも“崖っぷち”の覚悟がある。
おそらくダニエル・ローマンはアメリカで、世界中でも、もっとも清貧なチャンピオンの一人に違いない。WBA4度の防衛を重ね、IBFとの統一王者になっても、生活は以前と何ひとつ変わらないという。「人並みに、車も服も欲しいけれど、もっと安全なところにいつか家を買いたいから、貯金しているんだ。今は、ボクシングのこと以外、考える時間もないしね」。父と二人の弟たちと、危険地帯の代名詞のようなロサンゼルス・サウスセントラルに住む。路地はゴミだらけ。家の中で飼うニワトリが、ゴキブリを食べてくれる。WBA次期挑戦者決定戦の直前、家の前に停めていた中古のコルベットは、麻薬中毒の男の車に激突されて廃車。それ以来、自分の車がないからウィルソン・トレーナーに練習場所への送迎をたのんでいる。早朝にロードワーク。午前中はスパーリングかストレングストレーニング。午後はジムワーク。休日はボクシングイベントに招かれることが多い。「家にいる時間はたいてい、家事をしているか、聖書を読んでいるかな」。
スーパーバンタム級で世界主要4団体の王座統一、という大きな目標を掲げる。しかし、ひとつ負けたらその先は闇。そう知っているから、目の前の一歩を確実に踏むことに集中する。
「なれると思わなかった世界王者になれたのだから、正直に言えば、もう満足なんだ。でも満足したからこそ、じゃあこれから先、自分がどこまで行けるかを見てみたい。だから、いつも最強の相手と戦いたいと思っているんだ」。ピンチを味わい、右目も腫らした4月のドヘニー戦に続き、世界1位の最強挑戦者、アフマダリエフとの戦いも、激闘が予想される。無名から台頭したチャンピオンがまたひとつ存在感を増す試合になるか、注目したい。
なお、今回の勝者と対戦することになる岩佐、ローマンとスパーリングを重ねるWBA世界フライ級1位の中谷潤人(M.T,)らが、スーパーボウル・ウィークエンドで沸く現地マイアミに赴く。
文&写真_宮田有理子
Text & Photos by Yuriko Miyata
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