現地12月8日に行われた、米プロフットボールNFLのサーズデーナイトゲーム、ラスベガス・レイダース対ロサンゼルス・ラムズの一戦は、日本テレビ系のジータスが中継した。中継の冒頭、画面に映し出された、解説の森清之さんの表情が、こころなしか、晴れやかで嬉しそうに見えた。
心臓移植が必要な1歳の女の子、佐藤葵さんが理由だとわかった。かって、森さんの指揮した鹿島ディアーズで活躍し、ライスボウルにも勝って日本一に輝いた名RB佐藤昭一郎さんの愛娘だ。葵さんの病気のことを、森さんは大変に気にかけていた。
この数日、募金の目途が立ったという報道をいくつか目にしていた。森さんはきっと喜んでおられるのだなと感じた。
『義を見て為さざるは勇なきなり』の一心で 2021年10月31日生まれ、葵さんは、「先天性心疾患 心内修復術後 重症心不全」という、心臓のポンプ機能が低下し血液を全身に送ることができなくなってしまう重い難病を抱えている。
生後7カ月の時に、医師からは、心臓移植しか生きる道がないと診断された。これまで4回の手術をして、橋渡しとして、補助人工心臓とペースメーカーで命をつないでいる。
現在日本国内での小児の心臓移植の実施例は極めて少ない状況のうえ、新型コロナ感染症の影響もあって見通しが立たなかった。佐藤さんは渡米しての移植を決意、米コロンビア大学病院より受入の返事を得た。
しかし、移植のための費用が巨額だった。米国での治療は日本の公的医療保険が適用されない。また補助人工心臓を付けたままの移動には専用の医療用ジェット機が必要となる。今春からの円安・ドル高という経済状況が追い打ちとなった。記者会見では、為替の変動によって費用が昨年に比べて5割近く増えたという説明もあった。
必要な費用は総額5億円を超すという。個人の努力ではどうにもならない金額だった。
募金がスタートする前に、森さんから電話とメールをいただいた。
「海外での臓器移植については様々な考えがあることはもちろん承知しており、そのどれもが一理あるものと思いますが、目の前の幼い命を前に『義を見て為さざるは勇なきなり』の一心で微力ながらお手伝いをしています。
お手数をおかけし恐れ入りますが、無理のない範囲で結構ですのでお力添えのほど何卒よろしくお願い申し上げます。」
森さんは、あらゆる関係者に働きかけて、募金の呼びかけの音頭を取っていた。筆者も何度も連絡を頂いた。365日、起きている時間は常にフットボールのことを考えているに違いないはずの森さんの尽力。「世の中には、フットボール以上に大切なことがある」。そんなフレーズが頭に浮かんだ。
終盤の力強い走りでディフェンスを蹂躙した父 葵さんのお父さん、昭一郎さんは、森ディアーズのハート&ソウルともいうべき名RBだった。青森県の名門・青森高校から東北大学に進み、そこでアメフトを始めた。学生時代は有名な存在ではなかったが、ディアーズに加入して頭角を現した。
身長は170センチと小柄だが、83キロの肉体からほとばしるパワーと、ギャップを走り抜ける俊敏なスピードを持ち、法政大学でスターRBとして活躍してディアーズ入りした丸田泰弘・現ディアーズコーチに引けを取らない働きで、ダブルエースとして活躍した。
佐藤さんの持ち味は、特に、ゲーム終盤でのパウンディングオフェンスで発揮された。
「試合が進めば進むほど、オフェンスラインが押せるようになって、DLやLBの足が止まるようになっていく。そしてランを止められなくなる。そうなったらウチのパターン」という森さんの言葉を試合後に何度も聞いた。
村井雄太、倉持和博、井澤健、笠井公平、荒井航平といった、Xリーグ屈指のディアーズ大型OLのブロックの元、佐藤さんのインサイドのランが、試合の後半、相手ディフェンスを蹂躙するシーンを、何度も撮影してきた。その走りは今でも記憶に焼き付いている。
今回、何度も手痛い目にあわされた、ライバルチームの関係者も皆、募金に協力してくれた。関東大学リーグの試合会場でも募金活動が行われた。
募金目標達成の見込み 佐藤葵さんの募金のために活動している「あおちゃんを救う会」によると、
「皆様からのご支援・ご協力により、募金目標額に対しての達成率が、12/6時点で90%を超えました。順調にいけば数日内に目標額達成の見込みとなります」という。
とりあえず安堵する一方で、同じような境遇の他のお子さんや患者さんがいることを、決して忘れてはならないと思う。
海外移植の是非はさておいて、為替動向や経済成長の格差による影響を、個人の努力や周囲の善意で解決していくのには限界がある。今回の募金活動が、次の命を救う行動にもつながる仕組みを考える一助になることを切に望みたい。