26日、東京ドームホテルで行われたWBSSバンタム級決勝戦の発表会には、ノニト・ドネア(フィリピン)が列席した。居住するアメリカから、わざわざ会見のためだけに来日したのだ。世界タイトル4階級制覇(暫定を加えれば5階級)を果たした21世紀軽量級屈指のレジェンドは、今までのどのときとも同じに、どこまでも紳士的だった。最後まで笑顔を忘れず、大言壮語もない。風格ばかりがそこに漂った。
写真上=スーパースターらしく貫禄を漂わせてスピーチするドネア
「ナオヤがとても危険なボクサーなのはわかっている」
その表情にゆるみはない。だが、決して厳しさがこぼれ落ちることもない。ドネアはたぶんわかっている。今現在の能力を数値ではかったなら、ことごとく井上尚弥が上回る。だから、勝つために必要なのは、鍛えてきた個々の武器をどういう形で組み合わせていくのか、さらにどうやってライバルをその結合点に吸い寄せるか、と考える。日本文化を愛し、ことにサムライ、武士道に憧れるというドネアはややおどけながら、こうなぞらえる。
「そう、サムライは『えい、やっ!』と一太刀で決闘を終わらせるでしょ」
それができなければ、頭脳勝負である。
「ナオヤはパワーとともにインテリジェンスがある。いろんなことを想定しておかなければいけない。早い勝負でなくなったら、チェスマッチのような戦いになるかもね」
戦いまであと73日、たしなみを知るベテランに聞けば、100人が100人、同じことを言うのだろう。リングのことごとくを知り尽くした経験の重み、それをとことん対戦者に知らしめるための、何事にもびくつかない『ゆとり』の演出。ドネアが言葉にすると、やはり100の言語も1000の重みになって聞こえる。36歳のこの偉大なボクサーは、世界の頂にあって、そこにある明暗さまざまを骨身にしみて知っている。
”レイジングブル” と恐れられた猛ファイター、ビック・ダルチニャン(オーストラリア)を鮮烈にTKOに破ってドネアが初めて世界チャンピオン(IBFフライ級)になったとき、井上は中学生だった。フェルナンド・モンティエル(メキシコ)を左フック一撃、凄絶に打ち負かしたのは卒業を間近に控える高校時代。そして、孤高のサウスポー、西岡利晃(帝拳)をストップしたのは、井上のプロデビューから12日後のことだった。
ドネアはその後も進軍を続け、フェザー級世界王座にまで到達した。そして、いくつもの敗残の苦渋をも舐めた。
「もう、ドネアは終わったと多くの人が口にしていたのは知っている」
でも、あきらめなかった。昨年、フェザー級から2階級も下げ、バンタム級に転向。同時にWBSSに参戦した。35歳の挑戦は無謀にも映ったが、幸運も味方につけて、決勝に進出してきた。WBAスーパーの王者として、2年ぶりに頂点に返り咲きもした。井上との対決の結末は、英雄伝に新たなチャプターが加わるのか、それとも栄光のキャリアの終焉になるのか。
「ナオヤが僕に憧れていた? それは、ただ真似ていたのか、それとも乗り越えようとしたのかで意味合いが違ってくる。でも、今となっては、何もかもがナオヤの一部となって大きく成長しているはずだ」
ドネアは11月の試合が、とんでもなく大きな仕事だと知っている。
「だから、自分のピークを突き抜けられるようにトレーニングをしているよ」
井上尚弥vsノニト・ドネア。勝負の長短は別にして、偉大なる戦い予感だけが紅色に萌える。
文◎宮崎正博
写真◎山口高明
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