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2023-02-10

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第6回「切れる」その3

平成27年初場所14日目の逸ノ城(右)と照ノ富士の一番は、5年8カ月ぶりの水入り相撲となった

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令和元年の夏は酷暑でした。
「オレ、もう切れた」という人も多かったんじゃないでしょうか。
ところで、この切れるのは、とても大切なことなんです。
中には、切れて暴走する人もいますが、こんなことをしている自分にガマンできない、なんとかしないと、という強烈な発奮の現れでもありますから。
切れることは飛躍の原点、成長の秘密でもあります。
ギリギリの勝負をしている力士たちもよく切れます。
こうすることで失敗や挫折を乗り越え、人間的にも大きくなっていくんですね。
そんな力士たちの切れた話を紹介しましょう。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

顔じゃないです

なにやってんだ、バカヤローッ、と自分に切れる力士もめずらしくない。みんな、それだけ必死に生きているのだ。
 
平成27(2015)年初場所14日目、西関脇逸ノ城と東前頭2枚目照ノ富士のモンゴル巨漢同士の対決は、まさに手に汗握る大熱戦だった。お互いに両廻しを取り合った右四つがっぷりのまま、まったく動かなくなったのだ。3分を過ぎたところで水が入り、勝負再開後も膠着状態が続いたが、最後に2歳若い逸ノ城が持てる力を振り絞って寄り切り、ようやく4分46秒8に及ぶ長い相撲に決着をつけた。
 
この平成21年夏場所の時天空対阿覧以来、5年8カ月ぶりの水入り相撲に観客は大喜び。真冬なのに、全身汗まみれで引き揚げる逸ノ城にNHKがヒーローインタビューを申しこんだ。相手が平幕で、しかも勝ち越したワケでもないのに、こんな申し入れが来るのは異例のことだったが、逸ノ城はなんとこう言ってこの栄誉を断った。

「(12日目の日馬富士戦に負けて)負け越しているので、顔じゃないです」
 
顔じゃない、というのは、そんな資格はありません、という意味の大相撲界の業界語だ。逸ノ城は、2場所連続で維持していた関脇の座を失った自分がなんとしても許せず、切れていたのだ。
 
ただ、この手の怒りは決して無駄にはならない。翌場所、平幕に落ちた逸ノ城は猛発奮。3日目に屈辱の負け越しを喫した日馬富士を押し出して金星を挙げるなど、9勝を挙げ、たった1場所で三役に返り咲きを決めている。

月刊『相撲』令和元年9月号掲載

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