close

2023-02-16

【NFL】スーパーボウルの舞台で遊び心を忘れなかったチーフス

第4Q、チーフスのWRトニーが逆転のTDで、喜ぶQBマホームズ。サイドライン会心のプレーコールだった=photo by Getty Images

全ての画像を見る

 歴史に残る名勝負となった、第57回スーパーボウル。カンザスシティ・チーフスとフィラデルフィア・イーグルスの一戦を、アメフト系ポッドキャストを運営する「アメフト沼」さん(Twitter: @football_swamp )が、チーフスが第4クオーターに決めたTDのプレーを中心に、「沼」にふさわしく深く濃く、読み解いてくれた。(写真はすべてGetty Images)

バイ・ウィーク明けの達人、アンディ・リードとチーフス・コーチ陣

 通算29勝4敗。
 
 第57回スーパーボウルでチームを勝利に導いたカンザスシティ・チーフスのヘッドコーチ(HC)、アンディ・リードの"バイ・ウィーク(Bye Week)=試合のない週" 明けの戦績に新たな1勝が加わった。

 NFLでは現在レギュラーシーズンは各チーム17試合、それを18週間かけて行われるため、シーズン中に1週間だけ休息が与えられる。
 またポストシーズンでは、カンファレンス第1シードになればワイルドカード・ウィークエンドにあたる1週目は不戦勝となる。カンファレンス・チャンピオンシップで勝利し、スーパーボウルまで進めば、翌週はプロボウル開催のためバイ・ウィークとなる。


 このバイ・ウィーク明けの試合で、圧倒的な戦績を誇るアンディ・リードが大切にしているのがバランス。選手には休息を与え、心身ともにリフレッシュして次の試合に挑んでもらう体制を整える一方で、コーチ陣は特に戦術、ゲーム・プランを入念に準備することに専念して次の試合に備えることを心がけているという。

 今回のスーパーボウルは戦前の予想では、総合力でフィラデルフィア・イーグルスがチーフスを上回り若干有利、と予想する声が多かったが、結果的にはこのバイ・ウィークを最大限有効活用した、経験豊富なチーフスのコーチング・スタッフのゲーム・プランに軍配があがった。
2回目のスーパーボウル優勝を決めた、「バイ・ウィーク明けの達人」チーフスのリードHC=photo by Getty Images

イーグルスD攻略の鍵は、第4週ジャガーズ戦にあった

 試合残り時間8秒、チーフスがFGの成功による3点を追加するまでは、どちらに勝利の女神が微笑むかわからなかった今回のスーパーボウル。勝敗を分けたプレーは一つに絞れるものではない。

 ただ、チーフスのオフェンス・コーディネーター(OC)、エリック・ビエネミーは、ゴール前まで攻め込まれた時のイーグルス・ディフェンスの弱点を第4週の試合の中に見つけていた。

 スーパーボウル後、引退を表明したチーフスのバックアップQB・チャド・ヘニーによると、ビエネミーは、第4週のイーグルスとジャクソンビル・ジャガーズの試合の映像を見せながらイーグルスのゴール前ディフェンスは「マン・ツー・マンを多用する」こと、「スナップされる前のモーションへの反応が良すぎる」ことを説明したという。

 イーグルスのディフェンスは、相手オフェンスがゴール前まで攻め込んできて、そこからジェット・スイープ(ボールがスナップされる前にレシーバーの位置にいた選手が、フィールドを横切るように走り、その選手にQBがボールを渡し、加速した選手の勢いでゲインするプレー)をやろうとすると、それに対応するために、玉突きのように選手の配置を変更する。モーションで逆サイドに向かっていったオフェンスの選手をフリーにさせないようにし、TDを防ごうとする傾向があった。

 第4週の試合でそれを逆手にとってイーグルスからTDを奪ったのがジャガーズだった。ジャガーズは第1Q残り3分50秒、2ndダウンでゴールまで残り4ヤードという状況で、一番外側にセットしていた選手がモーションで逆サイドに横切ろうと見せかけておいて、加速した瞬間にブレーキをかけ、そこから逆サイドではなく、最初にいたサイドに戻っていき、QBのトレバー・ローレンスはその選手にパスを投げ、TDを獲得することに成功した。

 この時、イーグルス・ディフェンスはジャガーズの選手がモーションしたのに反応し、素早く玉突きで選手の配置を変更したが、それによって急ブレーキをかけて方向転換した選手をマークする選手は逆サイドに取り残される形になり、彼にフリーでエンドゾーンへの侵入を許すことになった。

 今シーズンのチーフスは、昨シーズンまでエース・レシーバーとして活躍していたスピードスターのタイリーク・ヒルがトレードでマイアミ・ドルフィンズに移籍したものの、スピードのある選手をFAやドラフトで獲得しており、その穴を感じさせることはなく、前述のジェット・スイープのようなプレイは相手ディフェンスの脅威となっていた。

 チーフスはこの試合、イーグルス・ディフェンスがシーズン中と同じ守り方をしてくるのか、スーパーボウルでのチーフスとの対戦に備えて新たな対策を練っているのかを確認するために、試合の前半でいくつか逆サイドにモーションするプレーをコールし、相手の反応を確認していた。

 そこで、イーグルス・ディフェンスがシーズン中と守り方を変えていないことを感じ取ったチーフス陣営は、第4Qに2回のゴール前オフェンスで、それを見事に生かした。

 21-27と6点を追いかけていた残り12分、そして、28-27と最少リードだった残り9分余りの場面で、ジャガーズが第4週の試合でTDを決めたのと同じコンセプトのプレーをコールした。前の場面ではWRケダリアス・トニーが、後の方はルーキーWRスカイ・ムーアが、TDに結びつけた。

 今シーズン、ジャガーズHCに就任したダグ・ペダーソンは2017年シーズンはイーグルスを率いてスーパーボウル優勝を経験しているが、その前、2013年シーズンから2015年シーズンまでアンディ・リードHCの下でオフェンス・コーディネーターを勤めていた。

 チーフスはリードHCの門下生が示してくれたイーグルス・ディフェンス攻略の鍵を見逃さず、スーパーボウルという最高の舞台で、勝利を手繰り寄せることに成功した。
2022年シーズン第4週のイーグルスvsジャガーズ。この試合にイーグルスD攻略のポイントがあった=photo by Getty Images

コード・ネームは アメリカン・ドッグ・シャトル(Corn Dog Shuttle)

 アンディ・リード:「あのプレイの名前を教えてあげるよ。アメリカン・ドッグ(Corn Dog)っていうんだ」
 記者:「え、今なんて言いました?」
 アンディ・リード:「アメリカン・ドッグ(Corn Dog)」

 ソーセージに衣をつけて揚げたスナック・フードは、日本ではアメリカン・ドッグの名前でコンビニエンス・ストアのレジなどで販売されている。アメリカでは Corn Dog という名で親しまれている。

 記者:「アメリカン・ドッグ(Corn Dog)なんてことないでしょう」
 アンディ・リード:「いいや、アメリカン・ドッグ(Corn Dog)なんだよ。マスタードとケチャップを塗ったアメリカン・ドッグほど美味いものはないよね。」
 記者:「…(笑いを堪えながら)でも、ハドルの中で、マホームズは “アメリカン・ドッグ(Corn Dog)なって言ってないですよね?」
 アンディ・リード:「いやいや、言ってるよ、”アメリカン・ドッグ (Corn Dog)”って」

スーパーボウルの勝利の行方を決めたプレーに、チーフスがつけていた名前に、アメリカのスポーツ・メディアは盛り上がった。

 実はこのプレー、正確には Corn Dog Shuttle という名前だという。オフェンスが、ゴール前で選手がモーションをして横に走る際には様々なプレーの組み合わせが考えられるが、よくある傾向として、コーナー(Corner)パターンのパスとドラッグ(Drag)パターンのパスを組み合わせたものがある。そのパス・パターンの呼び名を端折って縮めたのが [Corn Dog]ということになる。

 そして、逆サイドに横切るモーションは、一般的にジェット・モーションと呼ばれるが、これはジェット機が由来。今回スーパーボウルでチーフスが使ったプレーは、逆サイドに横断せず、急ブレーキをかけて戻っるタイプのモーションだった。そのモーションに飛行機繋がりで、[(スペース)シャトル]という名前をつけて、選手が覚えやすいように工夫していた。

 世界最大のスポーツイベント、そしてNFLで最高峰の戦いの舞台に挑む中で、チーフスは遊び心を失わなかった。とっておきの作戦を準備し、誰もが知っているスナック・フードの名前をつけて、とっておきのタイミングで使い、最高の結果を手にした。
ルーキーながら、大舞台でTDを決めたチーフスWRムーアが、同じルーキーのCBマクダフィーを抱きしめる=photo by Getty Images

「勝つか、学ぶか」 イーグルスのQBハーツ

 「勝つか、学ぶか(You either win or you learn)」
 あと一歩届かず、勝利を手にすることができなかった、イーグルスのQB、ジェイレン・ハーツは試合後の記者会見でこう答えた。
 「僕たちは大きな目標をもってこの試合に挑んだけれど、あと少しのところで勝利には届かなかった。この敗戦から得られる美しい教訓は、それぞれが異なる痛みを経験することだと思う。みんな人生の中で異なる苦痛を味わうことがある。だけど、そこから何かを学ぼうとするかどうかは自分次第。これを教訓として次に生かすかどうかは自分次第なんだ。」
 第57回スーパーボウル、勝利を掴んだのはカンザスシティ・チーフスだった。しかし、そこに敗者はいなかった。そこにいたのは、勝った者と、学んだ者だった。

試合後、穏やかだが真摯な表情で、記者会見に臨むイーグルスのQBハーツ=photo by Getty Images

■「アメフト沼」さんとは
関西学院大を経て、アラバマ大へ留学。アラバマでカレッジフットボール文化を体験して、その「沼」にどっぷりハマる。週末、フラッグフットボールのコーチをする傍ら、ディープなネタを拾い集めるアメフト系ポッドキャスト「アメフト沼」をSpotify, Apple Podcast, Amazon Music 他にて配信中。

「アメフト沼」ボッドキャスト https://open.spotify.com/show/1IdFrocpPamC5CRa7aF9PF

「アメフト沼」twitter https://twitter.com/football_swamp

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事



RELATED関連する記事