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2023-04-20

【NFL】ラッセル・ウィルソン再生を託された、先発経験1試合の男

6年間の現役生活で、レギュラーシーズンの先発は1試合のみに終わったQBウェブ=photo by Getty Images

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アメリカンフットボールの世界最高峰、NFLは、4月27日から3日間にわたって今季のドラフトを開催する。ドラフトを前に、アメフト系ポッドキャストを運営する「アメフト沼」さん(Twitter: @football_swamp )が、今季を前に引退した1人のQBについて、コラムを寄稿してくれた。鳴り物入りで指名され、入団しながら、活躍できずに終わった選手に贈られる負の称号「バスト」とはなんなのか。考えさせられる一文となっている。(写真はすべてGetty Images)

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 オフシーズンに入ると、各チームのQBが玉突きのように移籍していくのは、NFLの風物詩だ。米メディアは“Quarterback Carousel starts spinning...”という表現を使う。

Quarterback Carousel(QBカルーセル) =「QBの回転木馬」。

 今年も数多くのQBが、回転木馬に乗って、好むと好まざるとに関わらず、新たなチームへ移籍を決めていった。

 だが、今回は、この回転木馬から降りることを選んだ、日本では無名のQBについて書いてみたい。デービス・ウェブ、28歳。昨年はニューヨーク・ジャイアンツの控えQBだったウェブは、選手生活にピリオドを打ち、QBコーチとして新たなキャリアを歩むことを選択した。


■名将ペイトンからQBコーチに指名

2021年シーズン、1試合出場、2プレー(共に試合最後のニーダウン)。
2022年シーズン、1試合先発出場、パス40回中23回成功、168ヤード、TDパス1回、被インターセプト0回、ラン6回、41ヤード、1TD。

 これがウェブがNFLで残した成績の全てだ。

 2017年のNFLドラフトで3巡全体87位でジャイアンツから指名を受けたウェブは、2018年にはニューヨーク・ジェッツへ移籍、2019年から21年まではバッファロー・ビルズに所属し、昨シーズン、2022年は古巣のジャイアンツへ戻った。この間ずっとバックアップの役割を担い続けた。

 NFL選手としてのキャリアは6シーズンと長くはなかったが、引退を決めた数週間後にデンバー・ブロンコスのQBコーチに就任することが決まった。

 2022年、惨憺たるシーズンの後に、ブロンコスは名将ショーン・ペイトンを招き、チームの再建を託すことにした。

 1年前に獲得したエリートQBラッセル・ウィルソン復活へ向けて、ペイトンが期待を寄せるのが、コーチとして指導経験・実績ゼロのウェブである。

 これまでペイトンとウェブの間には接点はなかった。だが、HCに就任するにあたりQBコーチを探していたペイトンにウェブを推薦したのは元ジャイアンツのエースQBイーライ・マニングや、ビルズ、ジャイアンツでコーチ=選手の関係だったブライアン・ダボールといった、彼とこれまで一緒に戦い、働いてきた同僚や上司達だったという。
ビルズ時代、QBアレンのバックアップを務めたウェブ=photo by Getty Images

■メイフィールド、マホームズと競い合った過去

 1995年1月生まれ、テキサス州で育ったウェブは、高校でコーチを務める父も持ち、高校時代から4つ星評価として注目を集めた。地元テキサス工科大学から奨学金のオファーを受け、2013年に入学した。

 この年母校のHCに就任したクリフ・キングスベリーが、開幕前に先発QBに指名したのは、同じ年に奨学金の出ないウォークオンとして加わったベイカー・メイフィールドだった。シーズン途中にメイフィールドが怪我で戦列を離れたことで、一時的に先発に昇格。しかし、チームが連敗し、メイフィールドが怪我から復帰したことで、再びバックアップに降格した。
テキサス工科大時代、キングスベリーHCとQBウェブ=photo by Getty Images
 その年のボウルゲーム前に、メイフィールドがオクラホマ大学へ転校を決めたことで、ウェブには再び出番が訪れた。年末のホリデイボウルではMVPを獲得した 翌、2014年シー、ズンの開幕からは先発QBとなった。しかし、3勝4敗で迎えた第8週目、TCU戦の第3Qに、シーズン終了となる左足首の負傷を負う。

 そして、代わりに出場の機会を得たのは当時1年生のパトリック・マホームズだった。

 その年、テキサス工科大は4勝8敗の負け越し、マホームズが先発に起用されてからも1勝3敗という成績だったが、翌2015年シーズン、先発QBの役割を任されたのはマホームズ、ウェブの役割は1学年下のマホームズをバックアップQBとして支えることだった。

 そのシーズンの終了後、ウェブは2016年NFLドラフトで1巡全体1位で指名されたQB、ジャレッド・ゴフが抜けたカリフォルニア大学に転校した。卒業転校だったため、当時の「1年間のシットアウト」ルールが適用されず、即出場が可能だったウェブは、全12試合に先発、パス620回中382回成功、4295ヤード獲得、TDパス37回、被インターセプト12回、シーズンのチームMVPに選出された。

 さらに、1月のオールスター戦「シニアボウル」でもMVPを獲得した。195センチ、104キロの大型パサーながら、40ヤード4秒79、3コーンドリル6秒92と機動力もあるウェブは、一躍NFLから注目される存在となった。
QB人生の中で、ウェブが最も活躍したのはカリフォルニア大時代だった=photo by Getty Images
 2017年のNFLドラフトで、ジャイアンツが、ウェブを3巡全体87位で指名した。イーライ・マニングのバックアップ役、あわよくば後継者としてオフェンスを託すことができるQBとしての白羽の矢だった。

 ウェブはその年指名を受けたQBとしては1巡全体2位のミシェル・トリビュスキ
ー(ノースカロライナ大⇒ベアーズ)、全体10位のマホームズ(テキサス工科大⇒チーフス)、12位のデショーン・ワトソン(クレムゾン大⇒テキサンズ)、2巡全体52位のデショーン・カイザー(ノートルダム大⇒ブラウンズ)に次いで、5番目だった。

■コーチになるべくして歩んだNFLでの6年間

 NFLでの選手生活6年間の間に3回移籍を経験し、いずれでもバックアップを務めてきたウェブだが、彼のタブレットの中には高校時代からの全試合のゲームプランが保存されているという。

 実際の試合での出場はなくても試合前の準備を入念に行ない、対戦相手の試合映像を確認し、コーチ達が考えたゲームプランを頭に入れ、練習ではスカウトチームのQBとして対戦相手のオフェンスを再現した。時にはディフェンス・チームに入ってセーフティとしてスクリメージでプレイし、先発QBの試合に向けた準備をサポートすることもあったという。

 彼と共に戦い、働いた仲間の選手やコーチは、「まるでチームにもう一人コーチがいるようだった。」「彼がコーチになるのは時間の問題だった。」と口を揃える。
最初のジャイアンツ時代、ウェブの動きは基礎がしっかりしていた=photo by Getty Images
 2021年シーズンが終わったあと、ビルズの攻撃コーディネーターを務めていたダボールがジャイアンツのHCに就任した。

 それまでQBコーチだったケン・ドーシーが新たに攻撃コーディネーターに昇格、ビルズはウェブに、空いたQBコーチのポジション就任を打診した。だが、もう1シーズン選手としてプレーしたいということで、そのオファーを断った。そして、ダボールが新たに指揮をとるジャイアンツ、かつて自分をドラフトで指名してくれたチームへの復帰を決めた。

 ジャイアンツでは選手でありながら、ビルズ時代に慣れ親しんだダボールの攻撃スキームをエースQBのダニエル・ジョーンズをはじめとしたチームメートやコーチ陣にも浸透させるような役割も担っていたという。

 昨シーズンのジャイアンツは開幕ダッシュに成功、5シーズン連続二けた敗戦の泥沼を抜け出し、9勝7敗1分の好成績を納めた。6年ぶりのプレーオフではワイルドカードで、NFC北地区王者のミネソタ・バイキングスをアップセット。ディビジョナル・ラウンドではNFC東地区のライバル、フィラデルフィア・イーグルスに敗れたが、就任1年目のHCダボールは、年間最優秀コーチ賞を受賞した。

 ルーキー契約最終年だったQBジョーンズは、パス獲得ヤードがNFL入り後自己最高、インターセプトは自己最少の5本と、成績が向上。このオフシーズンに4年総額1億6000万ドル(約216億円)の延長契約を勝ち取った。バックアップQBとしてのウェブの功績が大きかったのは言うまでもない。

 ウェブの面接をしたブロンコスの首脳陣は皆、彼の聡明さ、知識、バックアップQBとしての経験、フットボールIQの高さに感銘を受けた。だから、指導経験がゼロの彼をQBコーチとして迎えることに躊躇はなかったという。

 ウェブがコーチするのは、大きな期待のもとにシアトル・シーホークスから移籍しながら不本意なシーズンを送った34歳、NFL生活11年目を迎え、捲土重来を目指す、ラッセル・ウィルソンだ。

 2012年のNFLドラフトで3巡目全体75位で指名されたウィルソンはその年のQBの指名としては6人目だった。しかし、1年目の開幕戦から先発QBとして活躍し、その年のプロボウルに選出されると2年目でスーパーボウルリングを手に入れる成功を納めた。6年前のドラフトで同じく3巡目で指名されたウェブの活躍の場はフィールドにはなかった。しかし、彼に「バスト」の烙印を押すことは、誰にもできないだろう。

              ◇

 今年のNFLドラフトは、ミズーリ州カンザスシティで、現地時間4月27日(日本時間28日午前)から、3日間にわたり開催される。1,2巡指名の64選手中でQBが1人(ケニー・ピケット、スティーラーズ)しか指名されなかった昨年と違い、今季は1巡で4人から5人のQBが指名されると予想されている。

 今年も、日本テレビ系のスポーツ専門局、日テレジータスが「NFLドラフト2023スペシャル!」として、初日の1巡指名の模様を完全生中継する。解説は、キャスターでアサヒビール・シルバースターHCの有馬隼人さん。実況は、ラルフ鈴木アナ。アシスタントとして、小髙茉緒アナが1年ぶりにNFL関連番組に登場するのも見逃せない。

NFL on 日テレジータス 2023
「NFLドラフト2023スペシャル!」
 4月28日(金) 9:00 ~ 13:30

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