アメリカンフットボールの世界最高峰・NFLは、ドラフトからそろそろ1カ月。1年で最もニュースが枯れる時期となった。そんな時に、アメフト系ポッドキャストを運営する「アメフト沼」さん(Twitter: @football_swamp )が、ドラフト1巡で指名された2人の選手のエピソードを寄稿してくれた。
■高校時代は無名だった2人今年は、スーパーボウルで優勝したチーフスのホーム、ミズーリ州カンザスシティで開催されたNFLドラフト(4月27~29日)。全32チームの熱心なファンが会場に集結し、音楽フェスのような盛り上がりを見せた。
例年、初日に指名される選手(1巡指名)のほとんどは、高校時代から将来を有望視されていたエリートたちで、ブルーチップと呼ばれる。彼らが、大学進学時に受ける評価は、星の数で表される。
「5つ星=ドラフト1巡指名の可能性あり」
「4つ星=ドラフト指名のポテンシャルあり」
「3つ星=ドラフト指名の可能性は大学時代の活躍次第」
となっている。
今年、指名を受けた1巡31人のうち、全体1位指名のブライス・ヤングや2位指名のC.J.ストラウドをはじめ29人が、元「5つ星」「4つ星」「3つ星」のブルーチップたちだった。
その中に混じって、高校時代は全く無名ながら大学で頭角を表し、このドラフト初日の舞台に立ったのが、全体5位でシアトル・シーホークスから指名されたCB、デボン・ウィザースプーン(イリノイ大学)と、全体25位でバッファロー・ビルズから指名されたTE、ダルトン・キンケイド(ユタ大学)だった。
■"猛犬"のようにタフにプレー : デボン・ウィザースプーン"Junkyard Dog(猛犬)"。イリノイ大のDBコーチは182センチ・82キロのウィザースプーンのプレースタイルをこう簡潔に表現する。2020年途中まで4シーズン半、同大のHC(ヘッドコーチ)を務めたロビー・スミス(前テキサンズHC)は「体格に関係なく、チームの中で最もタフで激しくプレーできる選手は彼しかいない」と評価した。
ウィザースプーンは、イリノイ大に進んだ時、SAT(大学進学適性試験)でチーム練習参加に必要な合格基準をクリアするのが遅れた。彼が新入生としてチームの練習に参加できたのはシーズン開幕1か月前の8月に入ってからだった。
その為、チームに加入した当初はまだ体の線も細く、チームメートから「その体でフットボールができるのか?」とイジられることもあったという。
1年目の2019年は主にキッキングチームで起用され、本来のポジションであるCBとしては途中出場に留まっていた。
しかし、シーズン中盤の7戦目、開幕6連勝で全米6位だった強豪ウィスコンシン大との試合で、戦前の大方の予想を覆す逆転勝利につながるプレーを決めた。
14-20とリードされた終盤第4Q、右サイドを守っていたウィザースプーンは目の前にいたWRにマークを外され、パスキャッチを許した。しかし、諦めず35ヤード追走し、最後に、相手の踵に指をかけて倒し、ゴール前3ヤードでTDを防いだ。
結果的に、ウィスコンシン大はFGによる3点に留まり、その後、イリノイ大学が10点をあげ、24-23の金星となった。
ウィザースプーンはこの試合の勝利の立役者の一人としてファンの心を掴み、コーチやチームメイトの信頼を勝ち取った。そして、2年目からは先発メンバーに定着した。
イリノイ大は強豪校がそろうBIG10カンファレンスにに所属し、対戦する大学には高校時代からブルーチップとして期待されるWRが多く在籍していた。その中で、ウィザースプーンはシーズンを追うごとに進化した。
米メディア、Pro Football Focusによると、2022年シーズンは、被パスキャッチ22回、喪失200ヤードのみでTDは一つも許さなかったという。ウィザースプーンの活躍もあり、2022年のイリノイ大は、あのジョージア大よりも少ない1試合平均失点12.3で、全米1位のディフェンスとなった。
チームメートからBIG10で通用するのか不安視された細身の無名選手は、4年の月日を経て、NFLドラフト1巡目全体5位、CBの中で1番最初に指名される選手となった。
■バスケ選手から「無双」のTEに:ダルトン・キンケイド 長身で、恵まれた体格のキンケイドは、高校の最初の3年間はバスケットボール選手で、フットボールをプレーしたのは最終学年の1年間だけだった。しかし、転校先で友人達の熱心な勧めによりWRとしてプレーすると、その年、37キャッチ745ヤード獲得の活躍をみせた。ただ当時は大手リクルート情報専門メディアからは注目されず、星の評価はつかなかった。
それでも幾つかの大学から誘いを受けたことで、留学を視野に入れて進学先を探していたキンケイドは熟慮の末、大学進学後もフットボールを続けることを選択する。
この時、彼が進学したのはNCAAの最上位FBSではなく、下位カテゴリーFCSのサンディエゴ大だった。スポーツ奨学金の枠もなかったという。在籍2シーズンでTD19回を含むパスキャッチ68回、1209ヤードという活躍を見せると、2020年にはFBS「パワー5」カンファレンスの一角Pac12の強豪、ユタ大へ転校する。
キンケイドはユタ大在籍3シーズンで31試合に出場し、TD獲得16回を含むパスキャッチ107回、1414ヤードを獲得し、最上位レベルでも活躍できることを証明した。
キンケイドに全米の注目が集まることになったのは、昨年10月のUSCとの一戦だった。当時USCが全米7位、ユタ大が20位と、ランキング校同士の対決となった。
試合最終盤、7点差を追うユタ大は、残り時間1分を切ってからTDを決める。そして、同点のキックではなく2点コンバージョンを選択し、見事に成功。43-42でこの激闘を制した。
キンケイドはTD1回を含むパスキャッチ16回、234ヤード獲得、ターゲットになった16回で全てのパスをキャッチするという「無双」状態だった。
キンケイドは登録上TEだが、昨シーズンは出場したプレーのうち55%はスロットレシーバーの役割だった。890ヤードをレシーブし、チーム内で2位に約200ヤード差をつけリーディングレシーバーとなった。
彼のパスキャッチ力を高く評価したビルズは、全体27位から順位を二つトレードアップして、キンケイドを指名した。TEは、ドーソン・ノックスがいるのに、ビルズがキンケイドを指名したのは、スーパーボウルに出る為には乗り越えなくてはいけないAFCのライバル、チーフスのTEトラビス・ケルシーのような役割を期待するからだ。
■NFLの舞台でも輝くことを期待 カレッジフットボールの選手が、NFL選手になれる確率は1.5%前後と言われているが、高校時代の評価はNFL選手になれるチャンスと直結していると考えられている。
5つ星の評価を受けていれば、確率は6割以上、4つ星であれば2割以上とも言われている中で、無印選手がかつドラフト1巡目で指名されるのは、本来なら1%以下の確率になる。
過去5年のドラフトで無印選手として1巡目で指名されたのはニューヨーク・ジャイアンツのQBダニエル・ジョーンズ、サンフランシスコ・49ersのWRブランドン・アイユークなど8人。
ウィザースプーンが加わるシーホークスには、先発2年目のマイク・ジャクソン(25歳、185センチ)、昨年の超掘り出し物ルーキー、タイリーク・ウォーレン(23歳、193センチ)、コービー・ブライアント(23歳、186センチ)と、伸び盛りのCBが跋扈する。みな、ピート・キャロルHCが好む大型選手だ。彼らの一角を崩さない限り、開幕スタメンはあり得ない。
キンケイドには過去10年のドラフトで1巡指名されたTE以上の活躍が期待される。2014年以降のドラフトで1巡指名されたTEの初年度のシーズン通算平均成績は、パスキャッチ37.7回、獲得ヤード数483.4ヤード、獲得TD数は2.9回にとどまっているという。
ドラフトで指名された順位が下位であれば、チーム内での競争に勝たない限り開幕ロスターに残ることができない。そして、1巡指名選手であっても結果を出せなければ2年目、3年目で居場所がなくなる厳しい世界。かつて無名だったウィザースプーンとキンケイドもNFLではドラフト1巡で指名されたエリートとしてキャリアをスタートすることになる。二人への期待は高い。