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2023-06-16

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第10回「生きるヒント」その1

平成25年九州場所14日目、白鵬(右)は稀勢の里の上手投げに裏返しとなり初黒星。観客は総立ちで「万歳!」と叫んだ

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人生に壁はつきもの。
なんでも自分が思っている通りにいけば、こんな楽しいものはありませんが、そうはいきません。
いろんなところで、いろんな障害にぶつかり、立ち往生します。試練ですよ。
でも、どこかに出口はあり、なにかしらの得るものもあります。
みんな、それを乗り越えて強く、たくましくなっていくんです。
力士だって、そうです。
みんな、負けて塩の辛さをかみしめ、泥まみれにされて涙を流した経験を持っています。
でも、その苦しみの中から次につながるヒントをつかみ、また立ち上がったんです。
そんな苦衷に活路を見つけた力士たちのエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

負けて騒がれすぎ

令和元(2019)年11月場所に43回目の優勝をするなど、常勝を誇った白鵬(現宮城野親方)が最も尊敬する力士の一人が69連勝の横綱双葉山だ。白鵬が初めて双葉山に興味を抱いたのは横綱に昇進して間もなくのことだった。大阪の当時の東西会会長に、

「横綱は双葉山によく似ている」
 
と言われ、双葉山の人となり、その生き方などを聞いたのがきっかけだった。この東西会会長は、ただ双葉山のことを聞かせただけでなく、

「双葉山はいつも身ぎれいにしていて、浴衣も毎日、洗い立てを着ていた。横綱も、まず着るものからしっかりしなさい。そうすれば、自然に品格も出てくる」

と言って、白鵬に浴衣7着に雪駄、さらに土俵入りに使用する太刀までプレゼントしている。
 
人に道を説く、教える、というのはこういうところからしないといけないのかもしれない。以来、白鵬は、この東西会会長を“大阪の父”と言って慕っていたが、双葉山の生き方、教えを最も身近に感じたのは平成25(2013)年九州場所14日目のことだった。前日まで全勝の白鵬は、2敗でまだ逆転の可能性を残していた大関稀勢の里(のち横綱、現二所ノ関親方)と対戦。左四つから下手投げを打ったが、上手投げで逆襲され、裏返しに引っ繰り返った。これを見た7千人近い観衆はいっせいに立ち上がり、なんと10回もバンザイを叫んだのだ。
 
まさに四面楚歌状態。白鵬ならずとも、いたたまれない思いの場面だった。後日、白鵬は、テレビの取材にこのときを振り返って、

「ただジッと(桟敷席の観衆を)見ていました。双葉山関は、勝って騒がれる力士じゃなく、負けて騒がれる力士になれ、と弟子たちに言ったそうですが、ああ、これがそうか、と思いました」
 
と答えている。負けてどん底に突き落とされたことによって、白鵬は双葉山の心に触れたのだった。

月刊『相撲』令和2年1月号掲載

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