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2023-06-13

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第17回「師の恩」その1 

初優勝を果たした琴欧洲のおパレードで旗手に抜擢されたのは、この場所新入幕のベテラン琴春日だった

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春、3月は卒業の月。
「仰げば尊し、我が師の恩」という歌が反射的に思い出されます。
師というのは、どんな世界にあっても尊く、ありがたいもの。
大相撲会でも決して例外ではありません。
師匠の弟子に対する思いがいかに熱く、深いか。
それを物語るエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

旗手に選ばれた苦労人
 
平成20(2008)年夏場所、前の場所、左上腕二頭筋の挫傷で途中休場した大関琴欧洲(現鳴戸親方)は別人のような相撲で初日から12連勝し、14日目に関脇安馬(のち横綱日馬富士)を寄り倒して初優勝を決めた。この思いもしなかった優勝に慌てたのは、師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)だった。

まず優勝パレードの旗手の選定に頭を痛めた。この場所、佐渡ケ嶽部屋所属の幕内力士は、琴欧洲をはじめ、琴光喜、琴奨菊(現秀ノ山親方)、琴春日と4人もいた。

琴光喜はすでに大関だったので、旗手の対象者は琴奨菊か、琴春日ということになる。番付からいえば、琴奨菊は西関脇、琴春日は幕尻の東前頭16枚目で、勝負にはならない。しかし、佐渡ケ嶽親方は悩み抜いた末、この場所、史上2位(当時)のスロー出世となる初土俵から91場所もかかってようやく入幕したばかりで、4勝11敗と大敗し、翌場所の十両転落は決定的な琴春日をあえて栄えある旗手に抜擢した。

「最後まで迷いましたけどね。琴奨菊はまだ24歳と若いし、いずれ旗手どころか、自分で賜盃を抱くでしょう。琴春日は、これが旗手を務められるラストチャンスかもしれません。本人もぜひやりたいと言っていたので、やらせることにしました」

と佐渡ケ嶽親方はこの“逆転指名”について話している。

琴春日がこの師匠のありがたい配慮に、

「こんなうれしいことはない。いい思い出ができました」

と大感激したのは言うまでもない。

こうして実現した琴欧洲の優勝パレードには、続編がある。優勝を決めた14日目の時点で、翌日の千秋楽の東京地方の天気予報は雨で、降水確率は70%の高さだった。

この予報が的中して翌日は案の定、朝から土砂降りの雨。しかし、昼過ぎ、佐渡ケ嶽親方は協会事務所に現れ、

「(前年8月になくなった)先代(元横綱琴櫻)が心待ちしていた優勝ですから、ぜひやりたい。本人も、たとえどんな大雨でもやると言っていますので、よろしくお願いします」

と、わざわざ申し入れた。

しかし、これは余計な心配。表彰式が終了し、優勝パレードの時間になると、それまで降っていた雨が奇跡的に止み、優勝パレードは予定通り、両国国技館を出発した。

「先代の思いが天に通じたんだ」

と関係者は囁きあったが、これが本当に最初で最後の旗手になった琴春日の思いも通じたパレードだったのは間違いない。

月刊『相撲』平成24年3月号掲載

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