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2023-10-26

【天龍プロジェクト】前年度「龍魂杯」覇者・矢野啓太、「笑顔と感謝」の先に連覇「脳みそを焦がす」【週刊プロレス】

昨年の「龍魂杯」優勝者・矢野啓太

矢野啓太は、昨年の「第二回龍魂杯」で那須晃太郎、谷嵜なおき、仁木琢郎、佐藤光留を下し優勝を果たした。アンダーグラウンドを流浪していた男がようやくつかんだ檜舞台だった。あれから1年…現在は進祐哉とIJタッグ王座を保持するなど連覇を十分に狙える好調ぶりを誇る。天龍プロジェクトによって自分という人間を変えることができたと語るその内面にも切り込んでみた。 
◇   ◇   ◇
――前年度優勝者としては、昨年の龍魂杯に臨む時とは気の持ち方も違ってくるのでなないかと思われます。

矢野 ちょっと甘い考えもあったんです。ディフェディングチャンピオンは次、エントリーされないんじゃないかっていうのが。でも、それはオーディエンスが許さないですよね。「キング・オブ・天龍プロジェクト」と言うからにはそのプレッシャーもありますし、応えなきゃいけないっていうのもありますし。なので連覇を目指すのはもちろんですけど、各会場で…今回は決勝まで3大会あるわけですから、IJタッグ現チャンピオンとしてもより多くのお客さんに見てもらわなきゃいけないなっていうのがありますよね。

――龍魂杯覇者、キング・オブ・天龍プロジェクト、IJタッグと、この一年で自身に付随してくる責任のようなものが増えました。

矢野 プレッシャーがかかる重要な試合をひとつずつクリアしていく中で、最初は気持ちがいかなかった時期もありましたけど、最近になってようやくですね、STILL REVOLUTIONシリーズになったあたり(4月)からちょっと余裕ができてきたというか、俯瞰で見渡せるようになってきて「今日のお客さん、もうちょっと入れたいな」とか経営の面からも見られたり、闘いの中でも毎回新しい発見があってようやく楽しめている感じがあります。

――ちょっと意外な気がします。矢野選手は常にレスリングを探求することをエンジョイしているように映っていたので。

矢野 呪文のように「楽しむ楽しむ楽しむ」って心がけてはいたんですけど、体に悪いぐらいのプレッシャーで入場を待つという感じでした。でも(入場曲の)GO!GO!7188の『C7』がかかれば不安もどこかにいって、あとは自分のレスリングをやるだけであって、お客さんが沸こうが沸かまいが結果は出るでしょうという感じで、自信をちょっとずつ上げていけると思うところがありますね。

――そのプレッシャーとは、何が主な要因だったんでしょう。

矢野 セミファイナルやメインイベントを任されるっていうのもありますし、対戦相手で言うなら再始動後の鈴木みのる選手や、昨年の大阪で対戦した船木誠勝選手のような相手は…うん、やっぱり怖かったですから。

――正直に言うんですね。

矢野 あれこそ肉体的にも精神的にも体に悪い。

――体に悪いプロレス。

矢野 それでも終わったあとにいろんな選手やスタッフの方が声をかけてくださって…あとはお客さんから反応をダイレクトに受け取った時、レスラーとしてももちろんですけど、人間としてもちょっとずつ成長できたんじゃないかなとは思うんです。

――天龍プロジェクトに上がってきた3年間は、矢野選手の人生においても特筆すべき濃密な3年だったのではと思われます。人生変わりましたか。

矢野 毎回、こっちにいこうかそっちにいこうかと帰路に立たされていて、その時のベストを選んできている中で、まあよく(いい方向に)転がっていっているなとは思います。たとえ選んだ方が失敗だとしてもそれを受け入られる、それは人間的成長にもつながるんですけど、じゃあ次はこうしようとアイデアが浮かんでくるほどにはなれている気がします。

――人間として自分は変わったなと思いますか。

矢野 それはもう「笑顔と感謝」ですから。前は人の失敗を喜ぶような、自分のことしか考えていない時期がもちろんありました。そういう利己的な感情になる時期も、僕は大事かなとは思っています。今の二十代のキャリアが浅い選手だと、自分のことばっかりになっている、それほど一杯いっぱいというのも、あってしかるべきだって思うんですね。それでも笑顔と感謝で、そういう彼らとも接していこうってなりました。

――そこに気づけたのって、大きいですよね。プロレスラーである以前に一人の人間として。

矢野 そうですよね。たとえば新型コロナパンデミックの時にステイホームがあって、よく本を読んで情報を吸収してみたり、過去の(プロレスの)偉人のことを調べては自分なりにやってみようと思ったり、何もしなかった期間も実は何かを考えていて、天龍プロジェクトさん再始動から全部出させていただいて本当にプロとしてのレスリングとの向き合い方というのは日々、勉強させてもらっていますよね。それはこれからもまだまだ続いていくもので。あとは、今思うともうこれ以上は下に落ちることはないっていう開き直りもあったのかもしれないです。ちょっとでも前進、向上させるために変化を恐れずとにかくやってみようと。

――その一つの結果が昨年の龍魂杯優勝でした。

矢野 昨年の決勝戦をニコニコプロレスチャンネルさんに出演させていただいて見た時に、あっという間に来年がやってくるって僕は言ったんですけど、本当にあっという間でした。だから今は去年優勝したことを考えるのではなく、もう今年誰が準優勝するかを考えるのが楽しくて。

――つまり、自分と誰が決勝で当たるかということですね。ただ、1回戦からクセ者が相手です。

矢野 新井健一郎というレスラーとシングルマッチをやるにあたって、真正面から正攻法なんて愚かな闘い方はしないし、新井さんも同じだと思うので簡単な言葉で言うと心理戦ですよね。頭を使ってレスリングをやる中で、お客さんも頭を使ってレスリングを楽しんでもらいたい。コアなファンであろうが最近プロレスを見始めた、それこそ天龍プロジェクトを初めて見に来たファンの方でも楽しめるのが本当のプロフェッショナルだと思うので。

――お二人ならではの描けるものがあるという期待が膨らみます。

矢野 脳みそフル回転で、脳みそが焦げるという表現を何度か使っていますけど、その集大成という意味で1回戦からクライマックスですね。

――あのう、素人考えで申し訳ないんですが、体を動かしながらそのつどそのつど頭を働かせるってすごいことだと思うんです。運動しながら相手の心理を読むという高度なことやっていると常々思っていて、特に矢野選手は試合の流れの中で相手の動きに沿って瞬間瞬間に発想するわけですよね。

矢野 たとえばフォールをカウント2で返された時にレフェリーとちょっと会話をする。そこは抗議でもいいんですけど、何かしらワンクッション置く間に次に何をやろうか考える時間を取っています。

――どう見ても覆らないことに対して抗議しているのは、そういう意図があったんですね。

矢野 あるいはお客さんを見渡したり、相手はどこを見ているかを確認したり。これは何で得られたかといっても練習ではできないことで。やはり場数、実戦の数と今は便利な時代ですから手のひらサイズで世界中のどんなレスリングも見られますから、自分が好きなレスラーやあこがれているレスラーの名勝負を何度も見た試合であっても、繰り返し見返すと新しい発見があってそれがどんどん連鎖しく。まあ、ないとは思いますけどたとえば矢野啓太にあこがれて業界入ってくる人がいるとしたら「矢野啓太のこの試合が好きなんだよな」と思えるような、僕のグレイテストヒッツをこれから作っていけたらという考えですね。

――先人の動画をいっぱい見てメモリーされるじゃないですか。そのメモリーされたアーカイブの中から、動きながらパッと引き出せてしまうものなんですか。

矢野 そうですね。また、それが呼吸法にもなります。ヨガの先生が言うことですけど、焦っている時って呼吸が乱れているということなので、それは練習で呼吸法をしっかりと身につけて、酸素がいき渡って思考回路を働かせる。もちろん心拍数は上がっていますけど、そういう時もパット・オコーナーを思い出したり、ルー・テーズさんのロープ際におけるインサイドワークを考えてみたりだとか。

――アーカイブと、リアルタイムの攻防の両方が瞬時に判断してパッと出せるというのが、素人には絶対無理だなと思うんです。バックドロップやラリアットと技そのものはマネできても、そういう技術はプロでなければ不可能でしょう。それを矢野選手は毎試合続けてきている。

矢野 最近、吉田和正選手と練習をしているんですけど、あえて僕もスパーリングの前にちょっと息を乱してからやってみるんです。それは、実戦に勝るものではないですけど、練習でも最悪な状況という局面を作ることはできるんじゃないかと思って。彼は若いですし、それこそ真っすぐにくるのでそういう選手をうまくいなす練習ですよね。そういうやり方が、僕にとってこれからのライフスタイル、日常生活の一部になっていくんでしょう。レスリングが生活の一部という意味でね。

――矢野選手は対戦相手ごとにどう対応するかを想定して試合に臨んでいると思われますが、トーナメントは準決勝まで一日3試合あり、なおかつ誰が勝ち進んでくるかわからないので想定のしようがありません。その影響はあるものですか。

矢野 このトーナメントという形式も頭を使う場ですよね。ただ、ベースとなるものは変えずにあとは応用と臨機応変に対応していく闘いになると思います。第1回から、そういうとらえ方でやってきましたので。

――確かに、それができたらからこその前回の優勝ですからね。一つひとつの試合ごとに集中するタイプだと思っていたので、こういうシチュエーションでも勝つ術を持っていたのが新鮮だったんです。

矢野 でも、どうですかねえ。そう簡単にさせてくれなさそうな面々なので。これはディフェディングチャンピオンの宿命ですよ。そして、目の前の試練はご褒美だと思って闘います。

――試練はご褒美と思えるんですね。

矢野 それも、何事も肯定的にという考え方で。僕は自分で気持ちが弱いと思っていて、それを強くする方法なんてないと思っているんですけど、それも考え方ひとつで見方が変わってくるのもあるので、なんでこんな辛いことをしなきゃいけないんだろうっていうことも考え方を変えてみて、これをクリアしたら何かおいしいものを食べられるな、キツいことをしているからあとで楽しみがあるんだって思うようにすればいいという考えです。今回、Aブロックは開幕戦の11月6日の新木場大会ですよね。“先憂後楽”っていう言葉があるように、先に辛いことをやっておいて…あとは11日の大阪大会も出ますけど準優勝する人を見届けて…この仕事をしていたら誰もが後楽園ホールのメインに立つっていうのは目指さなきゃいけないと思っているし、僕も目指している。まだ(後楽園での)シングルでメインはやったことがないんで。それこそ天龍源一郎大将が見届ける中、しっかり2連覇したいですね。

――キャリア17年にして初めてたどり着く場ですか…矢野選手、本当にレスリングを続けてきてよかったですね。

矢野 続けることこそがすごく大変だったし、楽しかったです。やっぱりレスリングをずっと考える時間を17年やっているなんて、これほど幸せな人生はないです。

――ちゃんと幸せを感じられているんですね。

矢野 もちろんです。チャンスはどこに転がっているかわからないって言いますけど、そのチャンスをちゃんと結果で示すこと。勝負論の結果ももちろんですし、お客さんが喜んでくださってまた見にいこうって思ってくださるという結果を心がけて続けてこられたんで、龍魂杯ではその意味での結果も出します。(聞き手・鈴木健.txt)

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