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2024-08-20

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第26回「悔しさ」その2

苦手の豊ノ島に転がされ、悔しさを露わにしていた当時小結の安馬(のち横綱日馬富士)。その負けじ魂が以降の原動力となった

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思うようにいかなかったとき、ライバルに競り負けたとき、込み上げてくるのが悔しさです。
自分を責め、相手を恨んで唇をかみしめ、歯ぎしりし、ワナワナと身を震わせたことはありませんか。
こんな姿、決して他人には見られたくありませんが、これこそがさらなる高みに押し上げる秘薬。
人の上に立つ者、番付が上位の者ほど、真の悔しさを味わった人間、と言ってもいいでしょう。
そんな悔しさにまみれた力士たちのエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

凄まじき負けず嫌い

悔しさを晴らす方法も人により、ところにより、さまざまだ。平成19(2007)年九州場所12日目、東小結の日馬富士(当時安馬)は東前頭4枚目の豊ノ島の上手投げに敗れ、5敗目を喫した。日馬富士にとって豊ノ島はこれまで10戦して10敗と完全な苦手。この日も一気に土俵際まで押し込んだが、きわどく回り込まれての逆転負けだった。引き揚げてきた日馬富士は、

「ああ、ダメだ、ダメだ。負けることばっかり恐れて。自分の心は弱いな。これでは勝てるわけがないよ」

と天井を仰いで反省しきり。翌日、別人のような激しい相撲で西前頭3枚目の時天空を寄り倒すと、前日のコメントの続きをこう明かした。

「昨日は、あれから朝の4時まで酒を飲んだよ。(勝てた相撲に負けたことが)悔しくて、泣きながら飲んでいたんだ」

ときに髪をかきむしり、ときに宙をにらみながら、グラスを噛みつくように傾けている姿が目に浮かぶ。この勝負に対する並外れた執念が133キロの軽量をものともせず、2場所連続の全勝優勝という離れワザで横綱に駆け上がる原動力になったのに違いない。悔しがらない力士に大成はない。負けて覚える相撲かな。日馬富士はこの豊ノ島戦の翌日から3連勝し、殊勲賞を受賞。賞金の使い道を聞かれてこう答えている。

「いつもと一緒ですよ。来場所のために使います。プロテイン代、トレーニング代、おいしいご飯代。ご飯は若い衆と一緒です。オレ、どこに行くにも若い衆を連れて行くんだ。少しでもうまいものを食べさせてやりたいからねえ」

この姿勢も見上げたものだ。

月刊『相撲』平成24年12月号掲載

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