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2025-03-10

【サッカー 対談】スペイン指導者×日本指導者-FCバルセロナが導入したことでメジャーになった「メソッド」の定義と、そのあり方とは-

ランデル・エルナンデス・シマル[アスレティック・ビルバオ育成組織メソッド部門責任者]×坪井健太郎[合同会社プレサッカーチームジャパン代表](Photo:小澤一郎)

まずあるべきなのは、メソッドではなく、選手。メソッドは、選手の成長に適応しなければいけない

サッカークリニック4月号の特集は「新時代のトレーニング計画法」。
まずは、FCバルセロナ(スペイン)が導入したことでメジャーになった「メソッド」の定義と、そのあり方を考えていく。スペインの育成事情に精通し、アスレティック・ビルバオ(スペイン)のアカデミーで、メソッド部門の責任者を務めるスペイン人指導者に、スペインで指導したのち、2つのJクラブで働いた経験もある日本人指導者が尋ねる形で、お送りする。

取材・構成/小澤一郎

(引用:『サッカークリニック 2025年4月号』-【特集】新時代のトレーニング計画法 PART4:日本人指導者が聞くスペイン流のメソッド作成-より)


|FCバルセロナがメソッドのパイオニア


「メソッド」の重要性を世界中にひろめたFCバルセロナ(写真右はスペイン代表で、FCバルセロナのラミン・ヤマル)(Photo:Getty Images)

坪井 スペインでは、メソッドをどのように捉えていますか?

ランデル 大前提として、メソッドをいかにしてクラブの内部に落とし込むかを考えていますが、メソッドの概念は、スペインにおいて、日増しに拡大しています。もはや、単なるトレーニング論にはとどまりません。選手の成長プロセスに対する適応方法、練習メニュー、指導者のタスク、メッセージ、コミュニケーション、指導者間での相互コミュニケーションといった領域にまで拡張しています。

だからこそ、すべてのプロクラブがメソッド部門を設けていますし、そこにはメソッド責任者の役職があります。街クラブにしても、ほとんどが、メソッド部門を持っています。クラブを取り巻く全部門と包括的な関係を持つ部門だからです。

坪井 確か2010年だったと思いますが、FCバルセロナ(バルサ)が、ジョアン・ビラを筆頭とする2、3人の指導者でメソッド部門を設立して、話題になりました。現在のプロクラブは、メソッド部門にどれくらいの人数を抱えていますか?

ランデル バルサは、メソッドやメソッド部門の概念をスペインのクラブで最初に導入したクラブです。実際、バルサは、連係プレーを実践する代表的なクラブでしたし、メソッド部門ができる前から、メソッドに対して、かなり忠実に選手を育成しているように見えました。

メソッドのルーツはポルトガルにありますが、スペインでは、バルサがパイオニアであることは間違いありません。彼らのサッカーは、メソッドに厳密に基づいたものでしたし、彼らは、すでにあるサッカーから、逆算的にメソッドを構築していきました。メソッドが先かサッカーが先かが議論されますが、両者はパラレルな関係(平行線)にあるというのが、私の考えです。特定の選手が特定のメソッドでプレーすることによって、独自のメソッドが構築されていきます。

バルサの場合は、当時、黄金期にあったチームや選手たちから、メソッドが生まれました。それは、バルサの書籍で説明されています。メソッドの概念というのは、そういうプロセスで生まれます。

当時のバルサのメソッド部門は2、3人の人数でしたが、メソッド部門が他部門に横断的に関わっている現在は、どのクラブにおいても、少なくとも5、6人はメソッド部門に在籍していると思います。

坪井 メソッドの責任者は、どのように育成されるのですか?

ランデル 良い質問ですね。メソッドを担当する人間に向けたライセンスや育成カリキュラムは、まだ存在しません。「メソッドの責任者は誰なのか?」と質問されたら、「メソッドを追求している人」と答えるしかありません。

ただし、スペインはメソッドの先進国なので、メソッドに関するライセンスを新設しようとする動きがあります。特にカタルーニャ州のサッカー連盟は前向きですし、今後は、ライセンスやそのためのコースをつくる動きが活発化すると思います。

|メソッド部門の人間は、全部門を知る必要がある


「メソッドは、特定の個人に依存しない形でつくられるべきで、
 ピッチ外の部門に所属する関係者の意見や専門性も採り入れなければいけません」(ランデル・エルナンデス・シマル)
「私自身の考えや外部の情報からではなく、クラブの内部にすでにあることをまとめたものがメソッドでした」 (坪井健太郎)
(Photo:小澤一郎)

坪井
 私は、東京ヴェルディでメソッドディレクターの役職に就いていました。私の仕事は、クラブで働いている多くの人たちと会話をすることでした。私の感覚としては、すべての部門をかじるような役職で、ある日は育成ダイレクターと、次の日はトップチームの人間と、さらにその次の日は理学療法士と会議や会話をしていました。

ランデル あなたのような役職にある人間は、すべての部門のことを知らなければいけませんし、その上で、クラブとして歩むべき道を決定する必要があります。あなたの感覚は、まさに私が説明したかったことで、私が長々と説明するよりも具体的かつ簡潔でした。

ピッチ上で実践されるトレーニングは、フィジカルや分析などの各部門の専門性を含んでいなければいけません。ですから、メソッド部門の人間は、すべての部門を横断的に知る必要があります。

あなたの仕事は、どんなところに難しさがありましたか?

坪井 各部門にはそれぞれの視点があって、それは、異なるものでした。もちろん、人はそれぞれ違う意見を持っているので、視点が異なるのは当然ですが、クラブのメソッドを定義する立場の私としては、彼らの視点や意見をまとめるのに苦労しました。私が何か1つのことをまとめようとすると、ある部門の人から「そうじゃない」と言われる経験を何度もしました。1つの方向にみんなを向けることの難しさを実感していました。

クラブに入った当初は、今までの自分が経験してきたことをクラブに持ち込もうと思っていましたが、それは間違いでした。クラブに在籍する人たちからヒアリングを行ないながら、すでにクラブに内在されていることをまとめるのが、私の仕事だったのです。それがメソッドだったのだと、今は定義できます。私自身の考えや外部の情報からではなく、クラブの内部にすでにあることをまとめたものがメソッドでした。

そうした行き違いや考え違いは、スペインでもありますか?

ランデル もちろん、あります。スペインの指導者たちも、あなたのように、自分なりのストーリーでメソッドをつくりたいと考えています。だからこそ、メソッドは、特定の個人に依存しない形でつくられるべきで、ピッチ外の部門に所属する関係者の意見や専門性も採り入れなければいけません。

ただし、でき上がったメソッドを実際にピッチ上で使うのは、監督をはじめとする指導者です。メソッドを構築したあとの調整も大変で、彼らを説得するのは容易なことではありません。

坪井 日本においては、クラブで働いている人たちの意見を聞くことは、スペイン以上に重要かもしれません。なぜなら、年齢や部門ごとの厳然たるヒエラルキーが存在するからです。年配者からの意見をそのまま採用しなければいけないような慣習があります。その意見をメソッドに反映させなければいけないような空気があります。

ところで、街クラブがメソッドを構築する際には、どのようなプロセスが必要でしょうか?あなたが所属するアスレティック・ビルバオは、提携する街クラブとメソッドを共有していることと思いますが、具体的にどのように共有しているのでしょうか?

ランデル 街クラブとメソッドを共有するのは、メソッドを構築することよりも難しいミッションです。最も重要なのは、トレーニングの指標を与えること。その上で、クラブの現状に応じて、メソッドを適用させなければいけません。

スペインにおけるメソッドの発展には、目覚ましいものがあります。プロクラブだけでなく、アマチュアクラブや街クラブにも、メソッドを運用させることができる専門家が、多く存在します。我々のようなプロクラブの立場からすれば、提携クラブについては、こちらが望むような方法でトレーニングしてもらいたいのですが、最近のメソッド論では、クラブの自主性を阻害しない運用方法が採用されています。

スペインのクラブで近年起こっている弊害の1つとして、メソッドをあまりにも重視したことによって、指導者の自主性が低下した点が挙げられます。おそらく、その揺り戻しがあると、私は考えています。

|重要なのは、トレーニングメニューの発展


ランデルコーチが所属しているアスレティック・ビルバオのトップチーム(写真手前は、スペイン代表で、アスレティック・ビルバオのオイアン・サンセット)(Photo:Getty Images)

坪井 日本は、メソッドの重要性を認識したばかりの時期ですが、今後どのように発展させれば良いでしょうか?

ランデル まずは、メソッドとは何かを定義することが重要でしょう。そして、それに基づく秩序をトレーニングに導入するべきです。指導者はメニューの中で選手とどのようにコミュニケーションをとるべきなのか、指導者の役割は何なのか、そういったさまざまな要素を概念的なレベルで強化していくのがメソッドです。

坪井 メソッドの運用における指導者の裁量については、どのように考えていますか?自由や自主性をかなり与えるべきなのでしょうか、それとも、指導をきっちりと管理するべきなのでしょうか?

ランデル それは、メソッドの歴史において、ずっと議論されているテーマです。スペインの監督は、クラブにメソッド部門ができて、その責任者がやってきたら、「自分たちでトレーニングメニューをつくって良いのか?」と必ず質問します。

ただし、この議論について、私の結論は出ています。重要なのは、トレーニングメニューの設計ではなく、発展です。例えば、カルロ・アンチェロッティ監督(レアル・マドリード=スペイン)のトレーニングを真似ることはできますが、実際にその練習をやってみると、多くの場合、うまくいきません。指導者の多くは練習メニューの設計に力を注ぎますが、発展に注力すべきです。

坪井 メソッドは、どのように評価されるものでしょうか?

ランデル サッカーに関わるすべての部門の中心軸は選手なので、選手の成長を見て、評価するべきです。最も重要なテーマは、選手の成長。目標設定とスケジュールを立てるとすれば、メソッドは、それに適応しなければいけません。選手の成長以上にメソッドを重視するクラブがありますが、それは間違いです。まずあるべきなのは、メソッドではなく、選手です。例えば、ポゼッションのメニューでは、選手それぞれに役割がありますが、それは、各選手の目標達成に則ったものです。

「何対何」でやるか、コートのサイズや時間をどうするかといった、設定部分にばかり気を遣うのは間違いです。そうではなく、カギは選手なのです。

坪井 メソッドの決定方法においては、どんなコンテクスト(文脈)が重要でしょうか?

ランデル 1つはアイデンティティーです。アイデンティティーには、クラブとしてのものと土地から起因するものの2種類があります。まずは、自分たちが何者なのかを考えなければいけません。日本はバルサを真似しようとしたりしますが、アイデンティティーはすでにあるもので、ほかからコピーできるものではありません。

サッカーのスタイルも重要です。スタイルには正解がないので、自分たちで選べば良いでしょう。

3つ目はゲームモデルですが、ゲームモデルとは、その瞬間やその状況における行動規範のことです。

メソッドを考える際によくあるのが、この3つを混同してしまうことです。それぞれを切り分けて考えなければいけません。


坪井 健太郎
(合同会社プレサッカーチームジャパン代表)
PROFILE
つぼい・けんたろう/ 1982年6月12日生まれ、静岡県出身。清水エスパルスでスクールコーチを務めたあと、スペインに渡った。CEエウロパとUEコルネジャにおいて、さまざまなカテゴリーを指導。その後、日本に帰国し、2020年から、東京ヴェルディや鹿島アントラーズなどで、メソッドディレクターやトップチームコーチなどを歴任した。コーチ向けのスペイン留学プログラム「プレサッカーチームジャパン」を運営するなど、指導者の育成にも尽力する

ランデル・エルナンデス・シマル
(アスレティック・ビルバオ育成組織メソッド部門責任者)
PROFILE
Lander Hernandes Simal / 1976年、スペインのビルバオ生まれ。スペイン1部リーグに所属するアスレティック・ビルバオのアカデミーにおいて、監督として指導の任にあたった経歴を持つ。現在は育成組織メソッド部門の責任者として、アカデミーや地域のクラブが適した選手育成を行なうための優れた指導者の養成およびトレーニングレベルの向上に努める。弁護士資格とスペイン・サッカー協会公認指導者ライセンスレベル3(UEFAPRO)を持つ

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