強烈な突き押しを見せ、関脇大栄翔を圧倒した玉鷲。そのパワーは、とても40歳越えとは思えない
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玉鷲(突き出し)大栄翔
いやはや、大変なパワーだ。
40歳の玉鷲が、“大関に一番近い男”を破った。しかも、真正面から突き合って、突き勝ったのだから恐れ入る。
この日の相手の大栄翔とは、ともに突き押し得意の相撲。なので、突き合い、押し合いの展開になるのは間違いがないところだが、二人の突き押しの特徴を分けると、大栄翔は手数の多さと、下から上へという体の低さ、そして横への動きが特徴。一方の玉鷲は、もちろんイナシもあるが、ノド輪を交えた力強い突き押しが持ち味で、相手のヨコへの動きを許さず、パワー勝負に持ち込みたい。
過去の対戦成績は大栄翔10勝、玉鷲が15勝。しかし最近は玉鷲が平幕下位に番付を下げていたため、2年近く対戦がなく、令和5年7月場所以来の対戦だ。
この日の相撲は、まずは頭で当たり合った後、予想どおりの突き合いになった。先手を取ったのは玉鷲。動きの中で右からイナし、次いで両手でノドの辺りを突いて追い込む。大栄翔は左右から相手の腕を払いながら残し、反撃機をうかがうが、玉鷲は右をハズにあてがって再度のイナシ。大栄翔がこらえて突いてくる腕を跳ね上げると、よく伸びる右の突きで、逃げる大栄翔を正面土俵から青房下に追って突き出した。
「大関、横綱戦は考えすぎて、玉鷲らしい相撲を取ってなかった。やっと自分らしい相撲が取れたんで、久しぶりに楽しかった」と玉鷲。最後は「向こうはまだ大関のチャンスがあるから、止めなくちゃと思った」と、記者団を笑わせた。
ホントに40歳? と驚かされる若さだが、今場所もその周辺には記録がわんさかだ。今場所は平幕が通算80場所目で、これは寺尾と並んで史上5位タイ。幕内在位のほうは94場所目となり、こちらは寺尾を抜いて史上単独6位だ。4日目には若の里(現西岩親方)を抜いて単独6位の通算1692回出場。そしてきのう8日目で幕内出場は史上単独4位の1400回となった。このまま12日目まで出続ければ、通算出場は1700回に達する(史上6人目)。
勝ち星のほうは、今場所これで3勝目と、さすがに久しぶりの上位戦でさほど挙がっていないが、あと2勝を挙げれば通算勝ち星で860勝で史上10位の寺尾と並び、さらにもう1勝すれば幕内勝利数で史上13位の安美錦(現安治川親方)の678勝に並ぶ。
とにかく記録づくめだが、本人はいつも、数字にはさほど関心は示さない。「それは辞めた後のこと。とにかく玉鷲らしい相撲を取って、お客さんに楽しんでもらいたい」が口癖で、その心がけこそが、どこまでも現役生活が続いていくことにつながっているのは間違いない。
9日目を終えて3勝6敗と、勝ち越しへはあと1つしか負けが許されず、厳しい状況ではあるが、関脇を倒し、久びさの上位戦でしっかりと爪痕は残した。6日目には結びの一番を務めるなど、40歳越えで角界のトップに位置する力士に挑む姿を見せること自体に価値があり、すでに勝った負けたではない部分もあるが、それで勝てればなお素晴らしいこと。もはや、“この過酷すぎるコンタクトスポーツで、人は何歳までトップでいられるのか?”という命題の解答を示さなければいけない存在なので、限界まで戦い続けることが使命になりつつあるが、これからも自分が納得できるところまで、元気な姿を見せ続けてもらいたいものだ。
この日、優勝争いのほうは、大の里が連勝を伸ばし、3人いた1敗勢は、伯桜鵬と安青錦は1敗を守って勝ち越しを決めたが、若隆景は2敗目を喫し一歩後退。あすは安青錦は若隆景、伯桜鵬は大栄翔と、いよいよ三役戦が組まれ、サバイバル戦がスタートする。
大の里はあすは一山本と対戦するが、果たして綱取りロードに波乱はあるのか、それともすんなりゴールまで走り切るのか。いつの間にか、残りはもう6日間だけだ。
文=藤本泰祐