若隆景(肩透かし)安青錦“憧れの存在”は、越えられなかった。
きのうまで1敗でトップの大の里を追っていた安青錦が小結若隆景に敗れ、2敗に後退した。
この日の対戦相手の若隆景は、安青錦がいつも「目標とする力士」として名前を挙げる存在。師匠(元関脇安美錦)の安治川親方所有のDVDで昔の名力士の動画を見るのが好きで、師匠の安美錦や3代若乃花、旭國などの相撲を見て研究しているという安青錦だが、現役力士の中では、この若隆景が一番の「お手本」ということになる。
一方の若隆景も、そういう縁もあってのことか、安青錦に目をかけており、春巡業の支度部屋では常に明荷を並べ、勝手の分からない後輩にいろいろなことを伝える姿が見られたという。
安青錦が番付を急上昇させたことで、いよいよ実現した初対戦。二人とも楽しみにしていたことだろう。
さてどんな相撲になるか。安青錦が目標としているというだけあって、二人の相撲っぷりはよく似ている。ともに頭を上げず、低い姿勢から繰り出す攻めが持ち味。分けるとすれば、おっつけ主体の若隆景、廻しを取って頭をつけたいのが安青錦、という感じか。いずれにしても、どちらが相手の頭を上げることができるかがポイントだ。
立ち合いはやはりともに低く当たった。中に入られたくない安青錦は突っ張って若隆景を起こしに出た。
しかし若隆景もさすがで、そう簡単に起こされはしない。下からあてがって相手の腕をはね上げると、得意の右を差すことに成功した。安青錦は右で廻しを探るが、腕を伸ばしてわずかに体が伸びたところで、若隆景はその機を逃さず肩透かし。安青錦を転がした。
取組後「対戦は楽しみだったか?」と聞かれ、「そうですね。対戦するところまで番付を上げてきたので、自分も負けないように、という意識でした。前傾で勢いのある力士。そういう意識で取りました」と若隆景。初対戦ではさすがに貫録を見せたというところか。「内容としてはそんなに……。それでもしっかり、動き自体はいいんじゃないかなと思います。自分も下からという相撲なので、そこだけ意識して取りました」とも。これで2敗を守り、勝ち越し。三役で勝ち越すのは、右ヒザを痛める前の、令和5年1月場所以来のこととなる。
敗れた安青錦は2敗に後退。やはり憧れの存在はそう簡単に壁を越えさせてはくれなかったが、上体を起こされたわけでもなく、勝敗の分かれ目がどこにあったのかもほとんど分からないような内容だった。“恩返し”ができるのは、そんなに遠い日ではないのでは、という気もする。まだまだ残り5日、二ケタ勝利、さらにそれ以上へと頑張りを見せて、若隆景と並んでの三賞受賞を実現させたいところだ。
この日は、安青錦が敗れた直後の相撲で伯桜鵬も関脇大栄翔に一方的に突き出されて2敗目。一方、大の里は一山本に尻餅をつかせる豪快な押し倒しで全勝を守り、後続の豊昇龍、若隆景、伯桜鵬、安青錦との差が星2つとなった。
このため、幕内で自力優勝の権利があるのは大の里ただ一人となり、プロ野球などでよく言われる「優勝マジック」が点灯する形となった。マジックナンバーは残り5日間で4勝。これは優勝に必要な残り勝数であると同時に、横綱に向けての残りの白星ということにもなる。
大の里は、あすは2敗で追ってくる4人の中の一人、若隆景と対戦。左からおっつけてくる若隆景に対して、それでも今場所自信を深めている、“慌てず立つ右差し狙い”でいくのか、それともモロ手突きでいったん起こしにいくのか、立ち合いが注目だ。
もしも敗れて2差から1差になれば、横綱がついてきている状況でもあり、精神状態が急に変わってくる可能性もないとは言えない。大の里としては、気持ちに余裕を持てる2差がある間に、そのアドバンテージを生かして走り切ってしまいたいところだ。
文=藤本泰祐